こんにちは!
めっきり寒くなりまして、自分の住んでいる地域も初雪が・・・住んでる当人たちは全く気付かなかったのですが・・・
そろそろ街中も雪の心配かなといった季節となっております。

さて、前回からあまり間を空けずに更新します。
長くなりそうなので 分けて行きます。
姜維が関わっての劉禅が中心になっている、作文、になるかと(書き途中)
お暇潰しにどうぞ!

<お礼>
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青空の泪
 

 

 

張りつめた空気が広がる部屋の中に、乾いた音が響いた。

「殿!」

主の行動に驚いた忠臣が近寄り制止しようとすると、威厳のある凛とした声が響く。

「控えよ、趙雲」

いつも穏やかに笑んでいる蜀漢王が、今は厳しい表情で上げた手をそのままに、主としての言葉を趙雲に投げた。

「優しさだけでは済まぬ事がある。公嗣、頬を打たれた理由は分かっているな?」

打たれた片頬を庇う事もせず、父から低い声で呼び掛けられた劉禅は劉備の顔をじっと見つめ、黙って頷く。

上げていた手を軽くさすりながら腕を下ろした劉備は、厳しさの中へ僅かな哀しさが含まれた表情で首を振った。

「お前に悪意があったとは思わぬ。だが、お前の軽率な行動で、大切な部下が死んでもおかしくない状況になったのだ。お前にとっても、私たちにとってもかけがえのない男が・・・公嗣、亡くしてしまってからでは遅いのだぞ、人と言う存在は」

死、という言葉に、劉禅はハッと顔を上げ、大きな瞳に動揺を浮かべて父を見つめる。

「父上・・・」

幾多の戦場を経験し、多くの死を目の当たりにしてきた劉備の表情は硬い。

「公嗣、お前には姜維の傍らに居る事を命じる。よいか、己がしたことの現実を見つめ続けよ。決して離れてはならぬ。今のお前に出来る事はそれしかないぞ」

己を庇い護ってくれた臣下の目が覚めるまで彼を見守るように、と父は息子へ静かに言い渡した。

 

いつも、昇り慣れている屋上の一番高い場所への階段を、自分が軽やかに登っていた時だった、と思い返す。

そこは、上へ行くに従って階段の幅が狭くなって行く、石で造られた螺旋状の階段。

城の警備兵が決まった時間にやって来るだけの、劉禅にとっては人気が無く見晴らしの良い静かな「良いさぼり場所」である。

「劉禅様、これ以上は危ないのでお止め下さい!」

時間は昼下がり、後を付いてきた姜維が心配そうに声を掛けて来るが、劉禅はいつものことだと階段を登りながら笑顔で振り返った時、いつもと違う出来事が起きた。

登ろうと踏み出した足の先の足場が、一部だけ崩れていたのである。

吹きさらしの場所のせいか、組み上げられていた石の一部が何かの原因で崩れ、欠けていた所に劉禅が足元を確認しないまま無防備に足を下ろした為、踏み外して大きくよろめいた。

咄嗟に壁へ手を伸ばしたが、手すりをつけていない壁は彼の助けとはならず、石壁を撫でただけの動作に終わる。

落ちる、と覚悟を決めた劉禅の耳に、鋭い声が間近で響いた。

そして後ろから力強く抱きとめられ、そのまま天と地が逆さまになって、鈍い衝撃が背中から身体中に伝わる。

暫く呆然と雲が点在する青空を見上げていた劉禅が我に返って慌てて起き上がり後ろを振り返った時、彼を階段の落下から守ってくれた若者は頭から出血して気を失っていた。

伯約、と何度も大きな声で名を呼び、相手の身体を揺さぶっている劉禅を見つけたのは、そのすぐ後に定時の見回りにやって来た警備兵である。

その時自室にて事故の詳細を知った劉備は、趙雲に劉禅を此処へ連れて来るように、とだけ告げ、泣きそうな顔で現れた己の息子に、劉備は無言で頬を張ったのであった。

 

趙雲からの同行を求める気遣いを少ない言葉で断り、劉禅は伏し目がちに目的の部屋まで早足で向かう。

足を速めている筈なのに心が酷く重く、身体と心の重さの違いからぎくしゃくとした動きになりそうな違和感と戦いながら、劉禅はそんな自分を周りに悟られぬようにと必死に冷静を装って部屋まで辿り着いた。

そっと扉を開き、部屋の中へ小さく声を掛けると、落ち着いた声が返ってくる。

寝台の傍の椅子に腰かけていた男が劉禅の姿を認めると、立ち上がって礼をした。

「劉禅様、来て下さってありがとうございます」

うん、と短く返して劉禅は寝台に横になっている男へ近づく。

「諸葛亮・・・姜維は・・・?」

消え入りそうな声で状態を尋ねる相手の苦しそうな様子に、諸葛亮は軽く首を振った。

「一度目を覚ましましたが、今は薬で眠っております」

「そうか・・・」

力無く傍らの椅子に腰かけた劉禅を心配そうに見つめた軍師が、おやと眉を顰める。

「劉禅様、そのお顔は?」

「あ・・・これは・・・」

いま気付いたかのように、劉禅は頬に手を当てた。

「先程、父上からお叱りを受けたのだ。気にしないで欲しい」

「劉備殿が・・・」

愛息の頬を張った、その時の劉備の心情を察し、諸葛亮は辛そうな表情で手拭いを冷水に浸す。

そして絞ったそれを、劉禅へ手渡した。

「お顔が腫れる前に冷やされた方が宜しいでしょう、さあ」

素直に手拭いを受け取り、頬に当てた劉禅が、深く俯く。

「・・・すまない、私のせいで」

後悔の念で押しつぶされそうになって、元々の小柄な体が更に小さく見える相手の足元に、諸葛亮は静かに跪いた。

「どうかお顔をお上げください。先程声を交わしました時は普通に受け答えをしておりました、姜維は大丈夫ですよ」

「いいや。私の愚かな行動から、お前が大切にしている者を死なせてしまう所だったのだ、謝っても赦されることではない」

膝の上で握り締められているこぶしが、小さく震えている様子が軍師の目に映る。

そのこぶしへそっと手を添え、諸葛亮は穏やかに相手の名を呼んだ。

「劉禅様。姜維は己が役目を全うしただけでございます。貴方様を護り、支えるのが彼の役目。もしあの時、貴方を護りきれずに怪我などさせてしまっておりましたら、それこそ姜維は自らを罰していた筈です」

「孔明」

床を見つめている劉禅が、暗く沈んだ声を出す。

「どうか、その様に優しくしないで欲しい。私を、この劉公嗣を思い切り叱ってくれ。そうでないと、私は」

頬に当てていた手拭いを目元に押し付け、劉禅は背中を丸めて顔を隠した。

「きっとまた、同じ事をしてしまう。そなたの優しさと、伯約の優しさに溺れて」

劉禅は、自分が甘やかされていることを自覚していた、つもりだった。

周りの優しさに寄りかかり過ぎないようにと自分なりに自制していると思っていたのに、父親から頬を張られた痛みでやっと気が付いたのである。

周りの者達から与えられる優しさを、いつからか当然だと思うようになっていた己の存在に。

その驕りから、姜維に怪我をさせたのだと。

椅子に腰かけたまま、うずくまる様に背中を丸め細かく肩を震わせている、そんな姿を隠すように、諸葛亮はふわりと袖を広げ相手を抱えるようにして抱き締めた。

「貴方様をお叱りになれるのは、お父上の劉備様だけが出来る事でございます」

涙交じりの響きと悟られてしまうのが嫌で、劉禅は顔を隠したまま大きく被りを振る。

抱えきれないくらいの後悔と、自己嫌悪に陥っているであろう劉禅の背を、諸葛亮は穏やかな手つきで撫でた。

「劉禅様。先程、姜維が目を覚ました時、まずなんと言ったかご存知ですか?」

―――劉禅様に、お怪我は。

そう、問うて来たのだと諸葛亮は目を細めて小さく笑った。

「彼は、貴方様の御身の無事しか考えていなかったのです。そんな臣下が再び目を覚ました時、大切な方がそのように泣いていたらどうでしょう?次も己の身を投げ出して心配するはず、これでは治るものも治りません」

どこまでも自分を心配してくれる姜維への申し訳ない気持ちと、諸葛亮の言葉に籠められた温もりがない交ぜになって、劉禅の心に沁みこんで行く。

隠しきれなくなった泣き顔で、劉禅は諸葛亮に抱き付いた。

「すまぬ、孔明・・・見っとも無い姿を・・・」

若君として成長してから軍師に泣き顔を見せた事など今まで一度も無かった劉禅が、感情を露わにして己の肩へ縋ってきた姿に、諸葛亮は彼の後悔の深さを感じ取る。

我が子を慈しむような心持ちで劉禅の苦しみを受け止めながら、諸葛亮はその肩に手を添えた。

「よろしいのです、既に劉禅様はお父上から罰を受けられました。ですから、いま抱えられている後悔やお辛さを、これ以上ご自身で膨らませる必要はありません。それらは、これからの学びへとゆっくり変えて参りましょう。皆がお手伝いいたしますから」

「うん・・・・・」

こっくり頷いた相手の素直さに、諸葛亮の口元に微笑が浮かぶ。

「姜維が目覚めるまで、まだ暫く掛かるでしょう。お心が落ち着かれましたら、一度お部屋へ戻られては?お疲れになられたでしょうから」

手拭いで涙を拭きながら、劉禅がゆっくりと顔を上げた。

「いや・・・ここに居たい」

それに、と劉禅は泣きはらした瞳を寝台の上の若者へ向ける。

「姜維の目が覚めるまで傍らに居るようにと、父上からも言われているのだ」

「おや・・・左様でしたか」

短く断りを入れて諸葛亮から離れ、椅子に座り直した己の衣装をそれとなく直してくれる軍師へ、劉禅が気遣いを見せた。

「そなたは他にも仕事があるのだろう?此処で私に出来る事があれば手伝うから」

不器用ながらも懸命なその言葉に、穏やかな微笑を向けて諸葛亮は小首を傾げて見せる。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えまして、彼をお願いできますか?目が覚めるまで彼に何かすることは特にございませんから」

「分かった」

「もし、姜維の様子に変化が御座いましたらお声を出して下さい。近くの部屋に必ず誰かが居りますので、慌てなくとも大丈夫です」

劉禅の様子が落ち着いたことを確認して、諸葛亮は温かい茶を淹れた。

「あの騒ぎから、何も口にされていらっしゃらないのでは?」

軍師の指摘に、劉禅が彼の手元を見つめながら罰の悪そうな表情を見せる。

「うん・・・食事どころでは無かったからなぁ・・・時間の進みも分からなくなってしまっていて」

「夕餉の時間どころか、日も暮れてしまいました。何か用意させましょう」

ひとまず此方を、と差し出された茶碗を受け取り、その温かさに劉禅はほうと息をついた。

「ありがとう。だが、この茶でいまは充分だ」

「まだ、胸が一杯ですか?」

諸葛亮の静かな問い掛けに、湯気の立つ茶を見つめる目を細めて小さく笑む。

「かも知れない。そなたと、こうして話をしたのが随分と久しぶりだったから、だろうか?」

そして諸葛亮の顔を見上げて、劉禅は穏やかにありがとう、ともう一度言った。

「諸葛亮、そなたのお蔭で落ち着けた。だが随分と甘えてもしまった。なんだか迷惑を掛けたなぁ」

相手からの申し訳なさが滲む言葉に、ゆっくり首を振った諸葛亮は微笑で返す。

「劉禅様が謝る事など何一つございません。私も、貴方様とこのような時間を過ごせて幸せですよ」

孔明、と懐かしい呼び方で己を呼んでくれた王の息子を、軍師は愛おしげに見つめた。

ゆっくりした動作で茶を飲みほした劉禅にお代わりを尋ねたが、いらないと彼は答える。

その言葉に茶器を手早く整理して、諸葛亮は劉禅へ頭を下げた。

「では劉禅様。私は少し席を外させて頂きますが、お腹が空かれましたら別のものに遠慮なくお申し付けください。用意はしておりますから」

「うん。諸葛亮も根を詰めないようにな?」

「ふふ、ありがとうございます」

改めて礼をして出口へ向かう軍師の口元には、優しい笑みが浮かんでいる。

此方への気遣いの言葉がますます彼の父上に似てきた、という気付きに嬉しさと可笑しさが一緒くたになって、最近疲れ気味だった軍師の心は、少し軽やかになっていた。

 

(続く)