こんにちは。
先日、前半を上げました「The future attraction」の後半です。
予想通り、結構な長さになりました。
孔良カップリングの要素が入っておりますので、苦手な方はご注意ください。

それでも時間潰しで付き合ってやろうか、という方がいらっしゃいましたら本編へどうぞ!
いつもお付き合いくださいましてありがとうございます!!


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2.

 

夜も更けた頃に宅へ帰ってきた主の顔色を一目見た使用人が、驚きの声を上げる。

彼が慌てて医者を、と外に飛び出そうとするのを馬良は押しとどめて、どうにか笑ってみせた。

「具合が悪いのではありません。少しお仕事を頑張り過ぎたせいです、休めば治りますから」

軽く食べられる物をと使用人へ頼んで、馬良は重たい足取りで私室へと向かう。

実際、今日は溜まっている仕事を減らそうと無理はした。

だが、その疲れ以上に、昼間に諸葛亮へ語った己の言葉があまりにも稚拙な嘘だらけだったという結果の方が彼を疲弊させている。

己の抱えたつまらない嫉妬や、口に出してしまった笑っても貰えない卑下の言葉を思い返す度に心が暗く沈む。

そして叶う訳も無い想いなどに足を取られた自分の見っとも無さをいっそ己自身で笑ってしまえれば、と馬良は思ったのに、相手はその笑いを不審げに問うてきた。

『なぜ、此処で貴方は笑うのですか?』

馬良にとって、それは酷く残酷な問いだった。

笑わなければ泣いてしまいそうだったから、などと言えば良かったのだろうか。

己は貴方を一番に好きなのに、貴方が一番に好きなのは自分では無いという事実が哀しいのだ、とでも言えば彼は自分を抱き締めてくれたのだろうか。

そんな幸せな答え合わせなど存在しないと分かっているから、馬良はつまらない嘘をついた。

きょうだいですからね、と感情の無い平坦な響きで呟き、平服に着替えて薬壺が保管されている部屋へ向かおうとした時、廊下の方で使用人が慌ただしく誰かと話す声が聞こえて来る。

使用人同士の会話ではなさそうである、こんな夜更けに誰か来たのだろうかと馬良が手燭を提げ眉をひそめて部屋を出ると、廊下の向こうからすらりとした長身の影がこちらへ歩み寄って来ていた。

「あ!ご主人様、あの、諸葛亮様が・・・」

部屋から出てきた馬良を見つけて、使用人が慌てた口調で来客の名を告げる。

長身の男もこちらに気付いて、早口に夜更けの来宅を侘びた。

「このような時間に押しかけてしまってすみません、季常」

馬良の持つ手燭の弱い灯りに照らし出された諸葛亮の顔は、僅かに強張っているように見える。

「どうしても、今日中に貴方に伝えなくてはいけない話がありまして」

義兄の服装が昼間に会った時と同じだと気付いた馬良が心配そうな声を出した。

「・・・義兄上、お仕事を終えられたばかりなのですか?」

「ええ、いつもの事です。それよりも良いでしょうか?手短に済ませますから」

珍しく余裕の無さそうな諸葛亮の様子に、馬良は迷うことなく軽く頷いて私室へ通す。

使用人には湯だけ持って来させると、先に休むように伝え、更に人払いを告げて部屋の扉を閉めた。

仕事終わりに自分がいつも飲んでいる、心身の緊張を解す薬湯を淹れて椅子に座った相手へ渡すと、それを合図のように諸葛亮は口を開く。

「私は、貴方に謝らなくてはいけません」

仕事に関する急ぎの話だと思い込んでいた馬良は、茶碗を片手にきょとんとしている。

「それは・・・どういうことでしょう?義兄上がわたくしに謝られる事など、なにも・・・」

「昼間の事です。あの時間を貴方は私に割いてくれたせいで、この様な時間まで仕事をしていたのでしょう?」

自分が残業をしていたのがいつの間にか諸葛亮にばれていたらしい。

そういうことか、と馬良は苦笑いして緩く首を振った。

「遅くまでお仕事をしていたのは事実ですけれども、それは義兄上が来てくださったから、ではありません。今日はちょっと頑張ってみようと思いましたらついついこんな時間まで、というだけですよ」

「ですが酷い顔をしています、だいぶ無理をしたのではありませんか?」

眉間に皺を寄せてこちらをじっと見つめる相手の視線を、笑って受け止めるしか出来ない。

「大丈夫です、薬湯を飲んで休めば治りますから。それにこのようなお仕事の仕方は毎日の事ではありませんし」

甘い香りを漂わせる薬湯を口にしながら、先程まで恨み言にも似た想いをぶつけていた相手が目の前にいる事に馬良は不思議な心持ちになっていた。

己が夜遅くまで働いていただけで時間を盗ってしまって申し訳ない、と宅にまで来る義兄の細やかさには驚きを通り越して笑ってしまいたくなる真面目さがあって、馬良はそれが諸葛亮の良さのひとつだからと慕っている。

その真面目さをきちんと受け取って、自分なりに相手へ返すまでが、相手を慕う己のやるべき心の使い方だという事も心得ていた。

心配そうな顔をしている諸葛亮へ、努めて穏やかに笑みかけながら馬良は言葉を続ける。

「貴方様の方が、ずっとずっとお忙しくされておりますのに、わたくしのお仕事の様子までご心配なさらなくても・・・」

「季常」

自分のことなど、といつも通りに返そうとすると、硬い声で遮られた。

昼間のようにたしなめられるのかと馬良が口を噤むと、相手は部屋の扉の方をちらりと見遣り、少し考える素振りをしてから立ち上がる。

「貴方は、いつもそう言って頑張り過ぎる」

そう言いながら馬良の前に立つと、身を屈めて彼に腕を回した。

「私は、季常だから心配をするのです」

いつも傍らに居る時にふわりと優しく鼻をくすぐる、諸葛亮が身にまとう香のかおりに馬良は包まれる。

「この私では、貴方を支えるには力不足ですか?」

己が諸葛亮の腕の中に居る、と馬良がきちんと理解するまで、少し時間が掛かった。

手を触れあうことすらあまり無かった間柄である、それが急に相手から抱き締められ、耳元でなにやら問われていても、馬良の頭の中は処理が追いついていない。

暫く相手の言葉を待っていた諸葛亮だったが、腕の中で強張ってしまっている相手に気付いて小さく笑った。

「ふふ、驚かせてしまいましたか?」

諸葛亮の笑い声でようやく我に返ったように、馬良が彼の腕の中で身じろぎする。

「あ、あの・・・義兄上、これは」

「大切な事を貴方に伝えたいのです。今しばらく、このままで居させて下さい」

優しく静かにそう語り、己の話をしようとしたが、馬良はそっと諸葛亮の胸元を押し返して抱擁から逃れようとした。

「季常?」

意外な抵抗に抱擁を緩めると、馬良は下を向いて首を振っている。

「お許しください、義兄上」

許しを乞う声が僅かに震えているのに気付いた諸葛亮が相手の顔を見ようと更に身を屈めると、彼は袖で顔を隠して横を向いてしまった。

「どうしたのですか、私が気分を害させてしまいましたか?」

「違うのです、そうでは無くて」

顔を隠したまま嫌々をするように首を振る馬良を、構わず諸葛亮は再度抱き締める。

「どうか、どうかお離しください、あにうえ」

涙声になっても抵抗する馬良に、諸葛亮は腕の力を緩めないまま否と返した。

「何故泣いているのです季常?私自身にその理由があるのでしたらちゃんと話して下さい、そうでないと離しませんよ」

「お止めください、義兄上が悪いのではないのです、わたくしの不心得が全て悪いのです。貴方様にこのようにして頂いたら、わたくしは・・・」

そこまで言いかけて、馬良は口を噤む。

「私が貴方を抱き締めることに、何の悪があるのですか」

涙を落としながら、馬良はただ首を振るだけで答えようとしない。

どれだけ問いかけても口を開かない義弟に、我慢も限界にきた諸葛亮は強めの口調で更に問うた。

「季常、一体何を恐れているのですか。今日の昼間も、貴方は何かを笑って隠しましたね?それはこの私にも言えない事なのですか??」

昼間の違和感をぶつけた時、馬良の肩がぴくりと小さく跳ねる。

やはり自分の思い違いでは無かった、と諸葛亮は確信して言葉を重ねた。

「この義兄にも言えぬ話だというのならば言えぬと、それをはっきり私に言いなさい。義兄弟ならば全てを言わなくてはいけないという事はありません。ですが・・・」

「・・・これをお伝えしたら、」

諸葛亮の腕の中から、馬良の堅い声が響く。

「わたくしは貴方様と義兄弟では、いられませぬ」

涙に濡れた顔を上げて、間近に驚いている諸葛亮の目を見つめた馬良は、思い詰めたような表情をしている。

白眉を辛そうに寄せて、彼は掠れた声で言葉を続けた。

「義兄に焦がれる義弟、などという関係が・・・許される筈の無いお話ではございませんか」

口に出した後で、言わなければ良かったと馬良はすでに後悔し始めている。

自分の気持ちなど抑えていれば諸葛亮とも良い義兄弟の関係でいられただろう、仕事にも不便は無かっただろう、そんな穏やかな日常を自分自身で反故にしてしまったのだ。

水魚の間柄に割り込むような感情を抱いてしまったが故に、嫉妬からこんな愚かな言動をした己が酷く情けなかった。

どうか今すぐこの腕を外して帰って欲しい、と馬良は淡々と告げる。

「貴方様のお優しさに、わたくしはずっと甘えておりました。そしていつからか深くお慕いしておりました。ですが、この気持ちは義弟として抱いてはいけないものです。更にこの想いは、劉備殿と義兄上の仲まで嫉妬するような、見っとも無いものへと成り果てました。このように酷い有様のわたくしです、どうかお離しくださいませ。もっと貴方様のお役に立てる方は他にいらっしゃいますゆえ」

一息にそう言い切ると、馬良は硬い表情のまま視線を逸らした。

「季常・・・なんという事を」

相手の半ば絶句しているような声を耳にして、これで己が慕う人は離れて行くのだな、と馬良は諦めるように目を閉じる。

彼が答えに窮し、戸惑う空気を感じながら、自分はこの職を早々に辞して、全く関係の無い土地へ去ることが、この国のあり方を考え続ける賢者にとっても迷惑にならない最善策だろう、とまで考えが及んでいた。

だから、一刻も早く相手が決断して、この部屋から出て行って欲しかった。

道理に反する者は、自分の望む者では無いと冷ややかに切り捨ててくれた方が、こちらの覚悟も一層固まると言うのに。

だが抱擁を拒否するように身を硬くしている馬良の気持ちとは逆に、諸葛亮は離れなかった。

じっと彼を抱き締めたまま、相手の艶やかな黒髪に目を落としている。

伝えたい言葉を語り尽くした馬良も、それ以上なにも話す事は無く、ただ心身を強張らせて相手の反応を待っていた。

暫くそんな硬直状態が続いていた二人の間に、小さな動きが生まれる。

馬良を抱き締めていた諸葛亮の手が、そっと相手の黒髪を撫でたのだ。

儚い壊れ物に触れるように優しく、緩やかな手の動きは、ゆったりとした動きで続けられている。

身体を強張らせたままの馬良に構わず、諸葛亮は彼の長く美しい黒髪を撫でながら、静かに相手へ呼び掛けた。

「すみません。まだ、この抱擁を止める訳には行かないのです。貴方にとっては辛い状態でしょうが、いま少し我慢して貰えますか?私が此処に来た理由だけでも、話させて下さい」

馬良の返答など貰えないと分かっているのか、諸葛亮は独白のように語り出す。

「私は、季常、貴方にずっと甘えていた事を謝りに来たのです。貴方が私を義兄と呼び、慕ってくれる事を幸いだと喜んでおりましたのに、いつからかそれが当然だと思うようになってしまっておりました。私の愚痴をいつも穏やかに笑って、時には共に悲しんでくれる、そんな季常の細やかな優しさを、私は与えられて当然だと傲慢になっていたのです」

「本当は季常が昼間見せた小さな変化に・・・先程言ったように、私は気付いていたのです。ですが、私はその場で貴方に問う事をしませんでした。もし貴方が見せた寂しさの理由が、私の望むモノでは無い内容だったら、と恐れたのです。己の幸せを守りたいが為に、大切な場面で問いかける事を止めてしまいました」

諸葛亮の語る内容に、馬良の瞳が僅かに揺れた。

義兄の語った望まないモノ、という言葉はあいまい過ぎて、その漠然とした言い訳は馬良の興味を自然と引く。

ですが、と諸葛亮は相手の反応に気付くことは無く、小さく唸って告白を続けた。

「結果的にこの私の狡さが、貴方を一層苦しませてしまっていたのですね?季常は先程、自分自身を見っとも無いものに成り果てたと語りましたが、それは違います。もっと見っとも無いのは私の方、」

長い黒髪にほっそりとした指を絡ませ、諸葛亮は抱擁の力を強める。

熱を帯びた相手の声音と抱擁の力強さに、馬良が自ら作っていた心身の頑なさはいつの間にか少し緩んでいる。

「貴方の全てを、己の腕の中にずっと閉じ込めておきたいと願い、義兄という言い訳を使いながら馬良季常を他の方に触れさせないようにと頭を悩ませているこの私こそが、真(まこと)の愚か者なのですよ」

強く引き結んでいた馬良の口元が、僅かに開いた。

相手へ聞きたい事が山ほど出来たのに、声が出てこない。

諸葛亮は抱擁を緩めて、戸惑う馬良の顔を間近で見つめた。

「季常・・・私を慕っていると言ってくれた貴方自身を、どうか赦してあげて貰えませんか?そして義弟である貴方を愛してしまった私も、どうか赦して下さい」

こちらの顔を見つめて口をぱくぱくさせていた馬良の目に、みるみる涙が溢れてくる。

「・・・っ、あにうえ、それは・・・」

目を細めて諸葛亮は微笑みながら、はいと頷き相手の頬に手を添えた。

「お願いです季常。どうか今日から、私だけの季常になって下さい。そしてずっと、この愚か者の傍に居て下さい」

「わたくしは・・・お傍に居ても・・・?」

「貴方が居てくれなくては困るのです。私を心から笑わせてくれる、私に癒しを与えてくれる、そして人を愛おしいと深く思わせてくれるのは、季常しか居ないのですから」

零れ落ちる涙を袖口で抑えてやりながらそう言うと、馬良は泣き笑いの顔で肩を竦める。

「どうしましょう・・・とても嬉しいのに、とても恥ずかしいです・・・」

顔を赤らめて恥じらう白眉を、諸葛亮は愛おしげに見つめながら顔の輪郭を指先で辿った。

「それだけ貴方を好きなのですよ。ですから、独りで何処かに行ってしまおうなどと考えるのは、もうこれきりにして下さいね?」

ちくりと釘を刺された馬良が、目を見開いて驚く。

「まあ・・・義兄上はなんでもお見通しなのですね」

やはり図星でしたか、と諸葛亮は片眉を上げて小さく息をついた。

「当然です。貴方が時折、とんでもなく行動的になるのは承知済みですから」

顔をなぞる己の手を柔らかく捕まえた馬良を、諸葛亮はもう一度確かめるように抱き寄せる。

恋い慕う義兄の胸に顔を寄せて、微笑みながら馬良は相手に語り掛けた。

「申し訳ありません。でも大丈夫です、わたくしは何処にも行きません。貴方様のお傍にいられるのが、わたくしの一番の幸せですから・・・お約束いたします。わたくしは孔明様のお傍に、ずっと」

しとやかな馬良の様子に、諸葛亮は思わず愛おしさを籠めた口づけを相手の額に落とす。

いきなりの口づけに、ひゃあと馬良は声を上げて胸元から顔を上げた。

「あっ、義兄上!?!」

「ふふふ、やはり季常は愛らしいですね」

繋いだ手を弄びながらそう言って笑う諸葛亮に、馬良は顔を赤くして小さく膨れる。

「義兄上がわたくしをからかうのがお上手なのです!」

「からかってなどいませんよ?この行動は、そうですね・・・貴方は私だけのひと、という独占欲だと思って下さい」

真顔でしれっと口説き文句を告げる相手に、馬良は顔も耳も、首まで真っ赤になって照れ隠しの言葉も思いつかず、いつものように軽やかな言葉の応酬が続かない。

乱れた髪の毛を後ろに梳き流しながら、馬良は困ったように白眉を下げて小首を傾げた。

「ありがとうございます。とても嬉しいのですけれども・・・いまだに義兄上からそのように想って頂けている実感が、わたくしに無いのです。それにどうして、このような時間にわざわざわたくしへお話に来てくださったのか、不思議でなりませんし」

本来、夜中に何の連絡も無しに相手の宅へ押し掛けるような失礼を、目の前の諸葛亮が行う筈が無いことを馬良が一番良く理解している。

一体彼に何があったのかと素直に聞いてみると、諸葛亮の顔が罰の悪そうな表情に変わった。

「その・・・実は、叱られまして」

馬良がぽかんとした顔で諸葛亮を凝視する。

「叱られたのですか?義兄上が??」

立場的にも人格的にも、ほぼ確立されている諸葛亮を叱ることが出来る人物など限られている。

目をまん丸にして問いかけてくる馬良に、諸葛亮はとても言いにくそうな顔をしながら目を泳がせた。

「・・・・・帰り際、季常の様子がおかしいと言われたのです、士元に。何かあったのかと問われたので、昼の違和感を話しましたら、あれが酷く怒ったのです」

滅多な事では怒らない鳳雛と呼ばれる同門の盟友、龐統士元が胡乱な目付きでこちらへ静かな怒りを滲ませた事を諸葛亮は思い出している。

『なぁ孔明。分かっていたのならば、どうしてその違和感の原因を直ぐに聞いてやらなかったんだね?お前さんの大事な大事な、可愛い義弟なんだろう。そんな季常が妙な目付きで今の今まで机にかじりついていたんだ、心配になってこっちが理由を聞いても季常はいつも通りに笑って誤魔化しちまうばかりだったんだがね、お前さんはそれすらも知らないフリをするのかい?』

「士元に指摘されて、漸く私は貴方へ行ってしまったことの重大さに気付かされたのです。そして、一刻も早く貴方に謝りたかった。季常を哀しませたまま、この夜を過ごさせてはいけないと、それだけで」

口元に手を添えて、馬良が小さく声を上げた。

「龐統様が、そのようなお話を」

諸葛亮は苦笑いしながらええと頷く。

「士元は貴方の事をたいへん可愛がっていますからね、腹に据えかねたのでしょう。その可愛がり方が、私にとっては随分と気が揉める場面も作ってくれていますけれども、あれは」

後半の言葉の意味が分からず、馬良が首を傾げた。

「?なんでしょうか??」

「・・・いえ、何でもありません。自衛策は練ってありますから」

相手はさらりと返答を躱したが、どうも盟友に対して、なにやら不穏な事を言っているような気がしている。

この場で自分が龐統の話を続けるのは賢明では無いようだ、と馬良は判断して諸葛亮へ改まった声を出した。

「そのような事があったのですか・・・義兄上、わたくしの為にこのような時間までお話くださってありがとうございます。とてもご心配させてしまったようで・・・申し訳ありませんでした」

ぺこりと頭を下げて謝ると、諸葛亮は微笑んで馬良の肩を抱いた。

「改まる必要はありません。私も貴方ときちんと話が出来て、本当に良かった」

「あの、それで今夜なのですが、こちらで休んでいかれませんか?もう家の者は休ませてしまって、義兄上に供をお付けすることも出来ませんから」

馬良の提案に、諸葛亮が悪戯気な笑みを浮かべる。

「おや、貴方と共寝で?」

「っ!?」

諸葛亮の言葉に、冷めかけた馬良の顔が、また熱くなった。

そんな彼の頭を、諸葛亮は笑いながら優しく撫でる。

「冗談です。確かに今夜は夜更かしをし過ぎました。貴方の言葉に甘えて、こちらで休ませて頂きましょうか」

「は、はい。是非そうなさってください!ではお部屋へわたくしが」

「季常」

諸葛亮を客室へ案内しようと立ち上がりかけた馬良の手を、相手が強めに引き寄せた。

「この部屋を出る前に、もうひとつの、恋人からの挨拶を私に呉れませんか?」

酷く優しく甘い声に、馬良は恥ずかしげに少し俯き、小さい声ではいと答える。

そっと顎に指を掛けられ、顔を上げるように促されると、間近に己を見つめる義兄に小さく笑い掛けて馬良は目を閉じた。

 

卓の上には茶碗がみっつ。

「この頃はお前さんもちゃあんと休み時間を取るようになってナニヨリだよ。以前は休み時間なぞいらないって露骨に顔に出してあっしらの前を素通りしていたけれど、変わったモンだ」

「言っておきますが、私は休みが嫌いなのではありませんよ。あの時は本当に忙しかったのです」

鳳雛と臥竜のお互いを分かりきった空気の会話を聞きながら、馬良はにこにこと笑みを浮かべている。

龐統が言うように、以前は諸葛亮なしの二人の休み時間ばかりだったのが、あの夜の出来事から休み時間は三人で過ごす時間に変わった。

というより、龐統と自分が二人でいると、いつの間にか諸葛亮が後ろに居たり、遠くから声を掛けてきたりするようになった気が馬良はするのだが、義兄に声を掛けて貰うのが増えたので、疑問よりも嬉しい気持ちが勝っている。

「ああ・・・忙しいと言えば、孔明」

龐統が何かを思い出したような声を出して、盟友を眺めた。

「最近どうも、あっしの仕事が増えた気がするんだがねぇ?お前さんの指示かい??」

茶を飲みながら、諸葛亮は片眉を上げてそうだと返す。

「今まで貴方はのんびりし過ぎだったのです。季常がやってくれていた一部を士元に任せましたからね、ちゃんとやって下さい」

やれやれと溜息をつく龐統の脇で、馬良が驚いた声を上げた。

「あ・・・最近お仕事の山が低くなったと思っていたのは、義兄上が?」

龐統から馬良に視線を移した諸葛亮は、先程とは打って変わって優しく笑っている。

「ええ。貴方は頑張り過ぎると以前から思っていたので、そのようにやらせて貰いました。他の軍師、文官の皆さんにも分担して貰いましたから、だいぶ楽になったでしょう」

「ええ、随分と楽に・・・ですが・・・」

「良いのですよ、これからは貴方にしか出来ない仕事に集中して下さい」

朗らかにそう話す諸葛亮と、不思議そうに首を傾げながら微笑む馬良を帽子の奥から眺めながら、義兄弟の幸せのとばっちりを見事に食らった龐統はやれやれ、ともう一度呟いて、でも少し嬉しそうに目を細めた。

 

 

 

(終わり)

 

 

 

 

お疲れ様でした、長い長い孔良話でした。

ちょっとあちこち消化不良な部分が残ってしまいましたが、半ば力づくで纏めてしまいました。

題名の「The future attraction」は歌の題名なのですが、「さあ今から二人で恋に落ちるんだ」という歌詞から孔明さんの告白シーンを思い浮かべてみました、という単純な理由です・・・恋を日常の中にあるアトラクション、と例えているのがひねりがあって面白いなと。

今回の作文で取り敢えず書きたかったのは、馬良に惚れこんで甘やかす孔明さんと、鳳雛臥竜が白眉を可愛がっている図でした(笑)終わりの辺りだけ見ると孔明さんの強権ぶりが酷い。

そんな孔明さんの馬良可愛いっぷりに巻き込まれて仕事が増やされた人に、徐庶さんも間違いなく入っていると思います。

法正さんは部署違いなのでギリで巻き込まれずに済んでいそう、とまで妄想していました。

軍師さんたちでわちゃわちゃやっているお話なんかも時々挟み込めたらいいな、と孔良書きながら改めて思いました。

長々とお付き合い、ありがとうございました!