こんばんは。
一カ月以上ぶりの更新となりました、お久しぶりですみません!

今回は、頂いたリクエストのお題で作文をさせて貰いました。
素敵なリクエストを下さってありがとうございました!アップが遅くなってしまってすみません(土下座)
今回は先輩趙雲と不器用な後輩姜維で、趙備と姜禅設定です。
姜禅とは言っていますが、姜維は蜀に入ったばかりで片思いな雰囲気です。

書いている私がこの姜維以上に不器用なので、長い作文になってしまいました。
それでも暇潰しにしてみようか、と思って下さる方がいらっしゃいましたら、どうぞお付き合いください。
最近、趙備をあまり見かけなくなって私さみしい・・・ので頑張って書き続けようと思ってます。

いつもコメント、拍手を下さいましてありがとうございます!!
更新のタイミングに波があって、お待ち頂くことも少なからずあると思いますが、温かいご感想を拝読するたびにパワーを貰って生きております。
またお時間のあるときに遊びに来て頂けましたら嬉しいです、いつもありがとうございます!

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始まりと続きのお互い
<趙劉と姜禅>

 

 

 

自分で思ったよりも、大きなため息が口から洩れた。

屋上の足場の一つに腰掛け、両手で顎を支える姿勢で姜維はぼんやりと眼下の蜀の地を見下ろす。

此処に来て、半年余りがあっという間に過ぎた。

自分をこの地に迎え入れてくれた師から学ぶことはあまりに多すぎて、それこそ目の回るような日々を過ごしている。

忙しい上に、構築して月日の浅い人間関係でも少なからず摩擦があって、時折この蜀で自分は孤軍奮闘の空回り役なのかと落ち込む時があった。

それでもこの若者が折れる事無く新しい場所で頑張っていられるのは、たおやかに笑って彼の名を呼ぶひとの存在があるからだ。

しかし、いまの姜維の溜息の理由は、その存在にある。

あああ、ともう一度大きなため息をついた時、背後から呆れたような声が響いた。

「情けない声を上げるな。軍師殿に聞かれたら説教されるぞ?」

誰も居ないと思っていた姜維は、驚いて飛び上がるように立ち上がり、振り返る。

そこには長身の美丈夫が、苦笑いしながら立っていた。

「此処は見張りの兵もやってくる。下の者が来る場所で、あまり無防備にならない方が良い」

そう語る彼はこの慣れない蜀で新旧、身分も問わず公平に接してくれる、姜維にとって頼りになる将である。

「趙雲殿。すみません・・・見っとも無い所を」

長い前髪を掻き上げながら、元気の無い声を出した姜維を趙雲は眉を下げて見つめた。

「この様な場所でなかったのならば構わないのだがな。溜め込んでおくより、偶には吐き出すことも大事だろう」

そう言って腰に手を当てている趙雲の片腕には、大きな布製のモノが掛けられている。

姜維にも見慣れたその色と柄に、彼は気付いて歩み寄った。

「それは旗、ですか?」

嗚呼、と趙雲は少し離れた場所で風にはためく国旗を仰ぎ見た。

「今、掲げている国旗が少し傷んで来たのでな、交換に来たのだ」

趙雲の言葉に、姜維は驚いた声を上げる。

「趙雲殿が、自ら交換されるのですか?」

意外そうな若者の言葉に、趙雲が片眉を上げて口元を引き締めた。

「なんだ、いけないのか」

「い、いえ・・・」

相手の真っ直ぐな視線に、姜維は口籠る。

旗の交換など、下っ端の仕事だと姜維は思っていたのだ。

城の備品の管理や保管を下へ指示するのはそれぞれの将だが、実際に国旗を取り換えるような仕事までする将軍など、姜維は見た事がない。

目を泳がせる姜維を見つめて、趙雲が頬を掻きながら肩を竦めた。

「お前の言いたい事は分かる。だが、別に将軍と呼ばれる者が旗を交換しても良いだろう?さあ、どうせ一緒にいるのなら手伝ってくれ」

新しい国旗を姜維に持たせて、彼は掲げられている旗を降ろし始める。

作業の手際よさに、姜維はおずおずと相手に問うた。

「あの、では国旗の管理は趙雲殿が・・・?」

はためく旗を全身で受け止めながら、趙雲は嬉しそうに嗚呼と答えた。

「基本的には私がやらせて貰っている。流石に他の仕事もあって、毎日はできんがな」

相手の口元の微笑の意味が分からず、旗を抱きかかえたまま姜維の首はさらに傾げられる。

「私は下の者にやらせる仕事だとばかり思っておりました」

「ふふふ、お前だけじゃない、同じ事を今でも馬超殿や張飛殿に言われる。でも、私にとってはとても大切な仕事だから続けているんだ」

旗を降ろすと、趙雲は姜維へほつれて取れかかっている装飾を示した。

「このように蜀を象徴する旗が傷んだままでは、陛下の威厳も疑われよう?」

傷んだ部分を指でなぞり、若者は頷いてそのまま古い旗を受け取る。

「成程、確かに。これは国を表す旗、ですからね」

そう言いながら新しい旗を差し出す姜維に、趙雲は満足げな笑みを浮かべた。

「そうだな。陛下に仕える身ならば、あの方を象徴するこの旗にも、私は気を配りたいと思っている」

新しい旗の端を受け取り、己に支えさせながら掲揚台へ旗を取り付ける作業を進める趙雲の横顔は、姜維の目にとても嬉しそうに映る。

この蜀という国は不思議な所だ。

どこの国でも皇帝を敬うことは当然だが、蜀ではその敬い方がただならない、という事実に姜維はいまでも時折驚くことがある。

蜀漢国皇帝、劉備玄徳という人物へ向ける臣下達の好意の大きさは、他国では感じた事の無い種類だったからだ。

今も、若者は目の前の将に、そのただならぬ気配を感じ取っている。

「趙雲殿はそれだけ、陛下の事を敬愛されているのですね」

「勿論だ。あの方の為に、私は生きようと決めたのだからな」

最大限に褒めたつもりだったが、趙雲は当然といった口調で姜維の予想以上の言葉を直ぐに返して来たので、耳がじんわり熱くなったのは若者の方だった。

「・・・迷いが無いですね」

照れの欠片もなく涼しい顔で旗の取り付けを続ける趙雲に、胸にモヤが掛かっているままの姜維はぼそりと小さく嫌味のような言葉を落としてしまう。

僅かに影の混じった声を耳にした趙雲が、ぱっと姜維の顔を見た。

「迷う必要がどこにある。大切な方を大切だと、己の心の至宝だと、言えぬ事こそ恥じるべきではないのか、姜維」

趙雲にとっては、いつも通りに己の考えを口にしただけだった。

だが、目の前の若者は顔を真っ赤にして空いている片手で頭を抱えている。

「ちょっと、あの、待ってくれませんか趙雲殿」

姜維が照れている理由が分からず、趙雲は相手を訝しげに眺めつつ手は器用に動かしている。

「どうした姜維?独りで顔を赤くして」

淡々とした問い掛けに対し、小さく唸って姜維が顔を上げた。

「どうしたもこうしたも・・・・・は、恥ずかしくないのですか!?」

これではまるで告白話を聞かされているようだ、と若者が気恥ずかしそうに抗議すると、趙雲は一瞬不思議そうな顔をした後、朗らかな笑い声を上げる。

「ははは、何を言うのかと思えば」

「笑い事ではありません!趙雲殿の今の言葉は、皆を勘違いさせますよ!!」

趙雲の清廉な忠心を疑われかねない、と姜維は注意するつもりで言ったら、相手は笑いをぴたりと止め、若者をじっと見つめた。

「勘違いではないぞ」

「は?」

突然の静かな言葉に、間抜けな声しか出てこない。

そんな姜維に構わず、趙雲はにっこりと笑んで手元に目線を戻した。

「私も、お前と同じだ」

「・・・あの・・・・・」

「姜維、劉禅様ときちんとお話しているのか?」

こちらが問うより早く、趙雲が問い掛けてくる。

先程の大きな溜息の理由をその問いから思い出して、姜維は唇を噛みしめた。

無言になった若者を横目でちらりと眺め、趙雲が小さく息をつく。

「・・・よし、上げるぞ」

作業を終えた趙雲が、掲揚台を動かした。

蜀の地を渡る風が、真新しい国旗を捉える。

ばさり、ばさり、と音を立てて大きくはためく国旗を見上げ、趙雲はよしと満足そうに頷いた。

趙雲の隣に立って、ぼんやりと国旗を見上げる姜維に、手が差し出される。

「手伝ってもらって助かった。傷んだ旗を貰おう」

「あ・・・はい」

姜維から旗を受け取りながら、趙雲が口を開いた。

「お前が、此処に来たのは諸葛亮殿から乞われたからだけ、だったか?」

旗を相手に預けて、空いた手を、姜維は見つめる。

あの時、他国の捕虜になるくらいならば死のうと決めていた手だ。

誰の説得も耳に入らず、ひたすら頑なになっていた己の心へ、穏やかに沁みこんできた声と、この手を取ってくれた小さな柔らかい手だけが、自分の視界を広げるきっかけをくれた。

あの声と、手の温もりがなかったら、いまの自分など居なかっただろう。

蜀将への始まりを思い出し、ぎゅっと、握りこぶしを作った。

「・・・いいえ。私は、丞相だけではなくて。私を救って下さった御方の為に、蜀に参りたいと」

彼を護り、支え生きる事が叶うのならばと、若者は自ら願って蜀帝に、彼の子息に頭を垂れたのである。

しかし、その時の願いが霞んでしまいそうに情けない今を生きているな、と姜維はふと己を省みた。

遠巻きに見かける、どことなく寂しそうな劉禅に、どう声を掛けて良いのか分からず、己の忙しさと周りの者達の数に紛れて、簡単な挨拶程度で済ませてしまう最近を思い返し、姜維の胸がずきりと痛む。

「なのに、この頃の私は何もお助け出来ないままで。まだお近くに長く置いて頂く許しも下りず・・・」

「恥ずかしくはないのか」

「・・・え?」

落ち着いた声だが、冷ややかな温度の声音に、姜維が驚いて顔を上げると、趙雲が腕組みをして半眼でこちらを見据えていた。

「その御方を大切にしたいと自ら願いながら、今のお前はその願いの為の努力を怠り、自ら諦めようとしている。それこそが恥ずべき事では無いのか?」

いつも穏やかな様子の趙雲とは思えない程の厳しい様子に、姜維の背中を冷や汗が伝う。

「はい・・・見っとも無いことだと、恥じています」

目線を落とし、強張る口元を必死に動かして答えると、相手は腰に手を当てて息をついた。

「私は、劉禅様を幼い頃からお支えしている。知っているな」

「はい」

「だからな、姜維」

「はい」

「これ以上、あの御方を哀しませたら覚悟しておくように」

「は・・・い?」

簡単な調子で投げられた言葉に、姜維が恐る恐る顔を上げると、目の据わった趙雲がこちらへ射抜くような視線を向けている。

「劉禅様はお前だけでは無く、蜀の、皆の宝であられるのだからな?」

「っ、はい!!!」

趙雲の言葉の真意を悟った姜維が慌てて姿勢を正すと、それを暫く見つめていた相手がふと厳しさを緩め、顎に手を当ててくすりと笑んだ。

「・・・と、脅かしすぎたか?」

俯いてくすくす笑う趙雲を、冷や汗を滲ませている姜維がぽかんと眺めている。

「へ?何、ですか・・・??」

「すまない、お前を励ますつもりが劉禅様と聞いて、つい感情的になってしまった」

趙雲の口から出た保護者のような言葉に、姜維は少しホッとした表情に変わり、額の汗を拭った。

「いえ、良いんです。そのように言われて当然ですから」

「ほう?その割には顔が強張っていたが」

「と、当然じゃないですか!殺気が混じっていましたよ、趙雲殿!!」

安堵からぽろりと本音を漏らすと、それを聞いた趙雲は軽く眉根に皺を寄せ、口元を下げる。

「当たり前だ。私にとっても劉禅様はそれだけ大切な御方なのだからな」

そう言って彼は髪を掻き上げると、凛然と姜維に向き直った。

「皆が大切に思う御方を慕い続けることは、時として迷いや苦しみを伴う気持ちなのかもしれぬ。だが、それらに屈して己で諦める事はするな。姜維が護りたいと決めた御方は、尚の事お前自身がしっかりと想い続けなければいけないぞ。たとえ他国から来た過去があったとしても、相手が見つめているのは今のお前の生き方なのだから」

相手の話に、姜維が首を傾げる。

「趙雲殿・・・貴方も、そのような経験をされたのですか・・・?」

「なぜ、そう思う?」

ううん、と姜維は口元に手を当てて考え込んだ。

暫く首を捻って言葉を探していた彼は、己がそう感じたきっかけを思い出して口を開く。

「・・・先程、趙雲殿は私と同じだ、と言われました。それに、貴方の語る内容はいつもご自分の体験から出る言葉が多いと感じます。私があの御方へ臆している様子に気付かれたのも趙雲殿だけでしたし・・・もしや、と」

自分の推測が当たっているだろうか、と姜維は語りながらちらりと上目遣いで相手の様子を伺った。

腰に手を当ててこちらの話を聞いている趙雲は、真顔のままで何の変化も見せない。

さては己の考えすぎか、と姜維が踏み込み過ぎた発言に気後れを感じていつもの癖で前髪を触った時、くすぐったそうな笑い声が聞こえてきた。

「そこまで分かっているのならば、特に答えを告げる必要も無いな」

そういって髪の毛をくしゃくしゃと掻き上げる趙雲は、照れくささも混じる少年のような仕草に映る。

「え、それでは・・・!」

自分の予想は正解なのかと目を輝かせた姜維に、趙雲の目がきらりと光った。

「だがな姜維、話は聞いてやるが、私の話を聞かせる気まで無い」

「ちょ・・・なんですかそれは!!」

腕組みをして姜維の抗議など聞こえぬというふうに、つんと横を向いて趙雲は鼻を鳴らす。

「私が大切に想う御方の話は、あちこちで気軽に出来るものではないからな。何よりも他人に聞かせるのは勿体無い」

温もりの感じられるその語り口だけで、容易に趙雲と想い人との間柄が窺われて、姜維の身体から力が抜ける。

「ええと・・・それは確か。惚気(のろけ)、と言いましたっけ、趙雲殿?」

ひんやりとした姜維の声音に、横を向いたまま趙雲が目だけをこちらに向けて口角を上げた。

「違うな、これは出し惜しみだ」

「・・・分かっているんですね」

「羨ましかったらお前も努力しろ」

己の努力不足をちくりと突かれて小さく唸った姜維を笑いながら、趙雲が嗚呼と何かを思い出した声を出す。

「そう言えば、星彩がお前を探していた」

張飛の娘である星彩は、現在劉禅の世話と兵士の教育を並行して行っている人物だ。

劉禅に関係する人物の名を聞いた姜維は、目を丸くして聞き直す。

「星彩殿が?どのような事でしょう??」

傷んだ旗を抱え直しながら、趙雲は分からぬとあっさり返した。

「細かい事は聞かなかった。だが忙しそうな様子だったから、自分の代わりを探していたのかもな」

劉禅様の、と趙雲は付け加えて思わせぶりな笑みを浮かべる。

「人の惚気話をせがんでいる暇など無いのではないか、姜維?」

笑みの理由に気付いた姜維がハッとした表情に変わり、顔を赤くして口籠った。

「せがんでなど、そうではなくて、その」

明らかに落ち着きの無くなった若者を笑ってしまいそうになる己を我慢しながら、趙雲は片手を上げて踵を返す。

「行って来い」

「・・・趙雲殿」

姜維に背を向け、雲が走る空を見上げた。

「星彩がお前を探していたのは、お前にしか頼めぬと判断したからだろう。まだ近くに居る筈だ、さあ」

そう言って姜維から離れて行く趙雲の背に、若者は慌てて頭を下げる。

「っはい!ありがとうございます、では」

失礼します、と後ろから響く声は、駆け足の音と共に遠ざかって行った。

忙しい若者だ、と趙雲は微笑んで、手元の旗を優しく撫でる。

この旗が二代目皇帝の色柄に替わっている頃には、あの二人はどうなっているのだろう。

今はおぼつかない臥竜の弟子が、凛々しくこの国を、二代目皇帝を支える柱となっていて欲しいと趙雲は思った。

そしてその時、国の象徴である旗を大切にする本当の意味を、彼は理解するのかも知れない。

理解した時の、あれの顔を見てみたいものだと趙雲は先程の若者の慌てぶりを思い出して、独りで小さく笑った。

 

「姜維、そのように離れていては話も出来ない。さあ、こちらへ」

姜維を見つけた星彩が言葉少なく劉禅の話し相手になってくれ、と彼に告げ、そのまま急いで相手の部屋に連れて来られていた。

彼女は劉禅に姜維の入室を告げると、仕事があるからと居なくなってしまい、ほぼ初めて劉禅と二人きりの状態にさせられた姜維は、入り口で突っ立ったまま緊張で身体を強張らせている。

失礼いたします、と硬い声で挨拶をした若者に、劉禅はふんわりと笑って冒頭の語り掛けをしたのであった。

「茶も菓子もある。すこしの時間、わたしの暇潰しに付き合って欲しくてな」

「あ、あの・・・私で、宜しいのですか?」

相手の座る椅子を手で示す劉禅に、姜維がやっとの思いで疑問をぶつける。

その問いに、劉禅は不思議そうな顔をして小首を傾げた。

「?どうしてそのような事を言うのだ??」

その場に留まったまま、姜維は困ったように眉を下げて、目を泳がせた。

「私は、劉禅様とこのように言葉を気軽に交わせるような立場ではございません。新参者ですし、その、」

口元に指を添えて姜維の言葉を聞いていた劉禅が、相手の気後れの理由を知ってああと小さく頷く。

「そなたは孔明の弟子なのだろう?孔明からはちゃんと許しを貰っている。それに、姜維とは一度話をしたではないか」

「へ?」

間の抜けた声に、劉禅が口元を隠してくすくすと笑いだした。

「ふふふ、どうしたのだ?面白い声をだして」

「いえ、その、お話・・・したでしょうか?」

「うん。確か戦場で、孔明も子龍もそなたに手を焼いていた時に言葉を交わした憶えがあるのだが、違っただろうか」

無邪気な様子で劉禅はそう言うと、姜維へ笑い掛ける。

「あの時以来、そなたと話すきっかけが無かったが、今日は久しぶりに話をしてみたくて・・・おや、姜維?」

若者の様子に変化を見つけて、劉禅が小さく驚き相手に歩み寄った。

その姜維は顔を赤くして、目を潤ませている。

意外な反応に、劉禅は戸惑って胸元で手を組み相手の顔を見上げた。

「どうしたのだ、なにか、わたしがそなたの気に病むようなことを言ってしまったのだろうか?」

眉を下げて不安そうな声を出した劉禅に、姜維は慌てて袖口で目元をぬぐうと、足元に跪く。

「っ、いいえ!違います、そうでは無いのです!劉禅様が、私の事を憶えていて下さったのが、嬉しくて」

精一杯の感謝の言葉を掠れ声で告げると、頭上から小さな安堵の息が聞こえた。

「・・・ああ、そうだったのか。忘れてなどいないぞ、姜維の事は、皆から良く聞いている」

「恐れ入ります。このような未熟者が、劉禅様からそのようなお言葉を頂けるとは光栄の至り・・・」

「ふふ・・・そんな風に言って貰えると、お世辞でも少し恥ずかしいな」

劉禅の語った言葉に、姜維が驚いて顔を上げる。

「世辞などではありません!私がここに居られるのは、劉禅様のお蔭なのです、喜ぶのはとうぜんの、こと・・・」

「おや・・・」

初めて言葉を交わした時のように向かい合う二人は、目が合うと言葉を失ってしまった。

澄んだ大きな瞳に引き込まれるように、姜維が顔を赤くしたまま劉禅を見つめていると、相手が身じろぎをする。

「姜維・・・その、座って、はなしをしないか?」

劉禅が頬に手を当てながら、空いた手を姜維へ差し出す。

「あっ、も、申し訳ありません!!」

急いでその手を握って立ち上がるが、小さく柔らかい劉禅の手の感触に、姜維は動揺してあの、その、と次の言葉が続かない。

手を握られたまま相手の慌てぶりを間近で見ていた劉禅が、ふっと吹き出した。

「ふ、ふふ・・・姜維、そのように慌ててばかりでは、わたしの目も廻ってしまいそうだ。さあ息を整えて」

楽しそうに笑う劉禅の様子に、混乱していた姜維の頭が少しずつ落ち着きを取り戻し始める。

「これは、申し訳ありません・・・」

改めて頭を下げると、劉禅はゆるりと首を振って構わないと返してくれた。

「誰だって驚くことはある。そなたが落ち着いたら、色々な話を聞かせて貰いたい」

握ったままの手を引いて、穏やかに笑みながら劉禅がそう頼むと、姜維も嬉しそうにはいと頷く。

「喜んでお話いたしましょう。ですがその前に、無礼を致しましたお詫びに茶をお淹れいたしましょうか?」

ああ、と劉禅の顔がぱっと輝いた。

「是非、飲ませて欲しい。そなたの点前を見てみたかったのだ」

あまりに嬉しそうなその表情に、姜維の顔が緩む。

遠目から見ていた彼は、いつも落ち着いた様子で柔和な表情を崩すことが無かった気がする。

それが、目の前でこんなに喜びを表してくれている劉禅に、姜維の胸が大きく鳴った。

他人に慕い人の話をするなど勿体無い、と言い切った趙雲の言葉が頭をよぎる。

あの人の言った事は成程こういう感覚なのかと、姜維は手を引かれて踏み出せた一歩に、温かい感謝を告げた。

 

階段に足を掛けたとき、上の踊り場から呼びかけられる。

聞き慣れたその優しい声に、趙雲の顔が自然と和らいだ。

「子龍、どこに行っていたのだ?」

「劉備殿」

ぱたぱたと階段を下りてくる相手を受け入れるように手を広げながら、国旗を入れ替えて来たのだと告げる。

「少し旗が傷んできておりましたので、殿が軍師殿たちと会議をされている間に作業を」

趙雲と向き合って顔を見上げた劉備が、旗と聞いて成程と頷きながら、眉を下げた。

「確かに先程の会議は、そなたが居なくても良かったものだが・・・会議が終わって部屋に戻ったら子龍がいなかったものだから、どうしたのかと思ってな」

わざわざ自分を探しに来たような口調の劉備に、趙雲がこれは、と一歩下がって頭を垂れる。

「申し訳ありません。思ったより時間が掛かってしまいました。私に御用があったのでしょうか?」

自分の頼みを全身で聞こうとする姿勢の趙雲へ、劉備は慌てて手を振り、違うと告げた。

「そうではないのだ子龍、頭を上げてくれ。そなたへ何か特段の用事があった訳では無いのだが」

顔を上げて、趙雲は歯切れの悪い物言いをする君主を不思議そうに見つめる。

「劉備殿?」

首を傾げている忠臣の顔を見つめた劉備は、それから気恥ずかしそうに頬を掻いてためらいがちに口を開いた。

「その、そなたは私の用事が終わった時、たいてい近くで待っていてくれるだろう?」

劉備の問いに、生真面目な顔で頷く趙雲。

「はい。殿の警護も承っておりますから」

「子龍がそう言って待ってくれている、ついそれが己の中でも当たり前になってしまっていたらしくて」

「え?」

そこまで語ってから、劉備が苦笑いを漏らす。

「・・・ああ、いや・・・すまない、やはり何でも無い。戻ろうか」

自ら話を切り上げて、先程下りてきた階段を登ろうとすると、横から手を差し出された。

「宜しければ、お手を」

傍らで趙雲が優しく笑みながら手をこちらに向けている。

ここは動き慣れた己の城である、趙雲から手を借りて上る階段では無いのに、と劉備はためらって相手の顔を見つめる。

困ったような表情でこちらに顔を向けている主君に、趙雲は相手の戸惑いを分かっているというように、軽く頷いてみせた。

「せめてこの階段だけでも、お手を取ることをお許し頂きたいのです」

「子龍・・・?」

こちらの願いの意味が分からない劉備を見て、切なげに趙雲の眉がひそめられる。

声の調子を落とし、忠臣が大切な君主へ、そっと言葉を告げた。

「劉備殿。お寂しい思いを、させてしまいましたね」

先程言いかけて飲みこんだ気持ちを相手から指摘されて、劉備の口元が驚きで小さく開く。

相手の表情の変化に、趙雲はやはり、と申し訳なさそうに呟いた。

周囲に人気が無いことを確認すると、彼は劉備へ語り掛ける。

「お独りにさせてしまって、申し訳ありませんでした。本当はすぐにでも貴方様を両腕の中でお慰めしたいと思うのですが、今はそのような我儘が通せぬ時間。このような形でしかお慰め出来ない私を、お許しください」

手を差し出したまま眉を下げて謝る趙雲に、劉備が顔を僅かに赤らめて首を振った。

「良いのだ、子龍は大切な仕事を行っていたのだろう?私の我儘などにそなたが謝る必要はない」

「いいえ。私の幸せは、劉備殿が美しい笑顔で楽しそうに過ごされること。そんな貴方様の寂しさの理由が私にあるのでしたら、私は尚の事、その寂しさを埋める努力をしたいのです」

人目もあるこの時間、主従という関係で出来る精一杯の触れ合いは、階段での気遣いを言い訳にした手の触れ合いくらいである。

趙雲からの想いやりの籠った願いを聞いて、劉備は先程まで戸惑っていた手を、今は迷わず相手の手にそっと重ねた。

そして、彼の名を優しく呼ぶ。

「子龍、では新たな頼みがあるのだが良いだろうか?」

重ねられた手をやんわりと握って、趙雲が劉備の目を見つめた。

「はい、何でも仰って下さい」

お互いに見つめ合うと、劉備は目を細めて柔らかく笑みかける。

「国旗を変えたと話していただろう?私も新しい旗を見たい、供をしてくれないか」

その後に自分の執務室へ送って欲しい、と彼は続けた。

少しでも二人で入られる時間を増やしたい、との劉備からの密やかな我儘に、趙雲は嬉しそうに大きく頷く。

「ええ、喜んでお供いたします。今日は良い風が吹いているので、貴方様の旗も美しくはためいておりますよ」

趙雲の言葉に、屋上で感じられる解放感と涼やかな風を思い出して、劉備の顔がぱっと無邪気な明るさを見せた。

「ならば尚の事、見に行かなくては。さあ行こう、子龍」

繋いだ手をぎゅっと握って、階段を上がり始めた劉備を、趙雲がいま少し、と押とどめる。

動き出さない相手を不思議に思って、振り返った劉備の頬に、大きな手が素早く添えられた。

忠臣から与えられた、ほんの一瞬のくちづけ。

申し訳ありません、と趙雲が間近で照れたように笑んでいる。

「我儘なのは、私の方でした」

そう囁くと、いつもの主従の距離に彼は戻った。

頬を赤らめる劉備は、趙雲の様子に一瞬遅れてふわりと笑み返す。

「それも、私の好きな子龍だ」

「殿・・・恐れ入ります」

相手の美しい笑顔に見惚れながら、今宵の約束を屋上で願おうと趙雲は決めている。

劉備も今ほどの相手の我儘をもっと聞きたいと、屋上で強請ろうと思っている。

そんな一瞬の甘さを共有した二人は幸せそうに見つめ合い、手を取り合って階段を上りはじめていた。

 

 

 

(終わり)

 

 

 

 

お疲れ様でした!長くなりました・・・

余裕な先輩趙雲とぶきっちょ後輩姜維で趙備、姜禅のリクエストを頂きましたので挑戦させて貰いました!

ええと、結果は・・・読んで下さった方の判定にお任せ致します(冷や汗)

そして、アップに時間掛かってしまってすみませんでした!!!

この反省文で補足するのは自分の至らなさなのですが、趙雲が旗を大切にするのは、劉備を象徴する品だから、という設定です。

劉備が関わるモノは大事にする、というのは拗れると怖い設定にもなりかねませんが、ウチの趙雲は劉備殿としっかり仲が良いので平和です()

 

リクエスト下さって、本当にありがとうございました!

時間が掛かると思いますが、またこんな作文を、というリクエストやご要望がありましたらお気軽にメッセージ入れていただければ幸いです。