こんにちは!
日が開いての更新となりました。
ちょっと進み方が予想以上にゆっくりですみません、鈍足タイプの書き方となっておりますが、それでもお付き合い下さる皆様には感謝しております、いつもありがとうございます!

そろそろっと話を動かしていきたい辺り。
今回も長めとなっております、お時間ございましたらどうぞお付き合い下さいませ。



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ともしびのように <コンビニ店員の趙雲とサラリーマン劉備のお話>



9.僕が一番欲しかったもの

 

 

 

自分がいつも利用する駅に降り立ち、使い慣れた道を劉備と並んで歩き始める。

日本食と格好つけて言ってはみたが、実際は若者でも少し背伸びをして入ることができるくらいの居酒屋兼日本食の店しか入り慣れていない趙雲は恐縮しながら劉備を連れてゆくと、彼は素直に喜んでくれた。

「敷居の高い店は自分も慣れてないから」

そう言うと、個室に通され腰を落ち着けた彼は、早速メニューを広げて趙雲へお薦めを訊ねてくる。

穏やかな雰囲気の中で食事を頂き、そろそろ帰る時間かと趙雲が時間を気にする素振りを見せれば、劉備も相手に合わせて傍らのコートに手を伸ばした。

「お互い、明日も仕事だから夜更かしは出来ないかな?」

「ええ・・・そう、ですね」

劉備の言葉に、趙雲は口では同意しながらも表情や口調に僅かな寂しさが滲んだ。

頭では分かっているが、いざ別れるとなると離れがたい感情が湧いてきてしまう。

だが趙雲はそんな自分の我儘を押さえなくてはと、軽く頭を振って席を立った。

商店街の一角にある店を出れば、劉備を見送る駅までは一本道である。

駅の方へ足を向けると、劉備がこちらの袖を軽く引いた。

「趙雲の住まいは、ここから近いのか?」

「ええ。歩いて10分くらいでしょうか」

そうか、と呟いた劉備はちょっと首を傾げて何か考える素振りを見せ、おずおずと口を開く。

「先程とは、違う道を歩いてみたいの、だが・・・」

思いがけない相手からの言葉に、趙雲の沈んだ心がふわりと浮き上がるような感覚を覚える。

彼はその勢いに任せて思い切った提案を口にした。

「あの、でしたら劉備殿・・・貴方の降りる駅まで、送らせて頂いても宜しいですか?」

「え?いや、それでは貴方に負担が・・・」

「私は構いません。それに、昼のような事があっては心配ですし」

他人に突き飛ばされた時、後ろから自分を護り支えてくれた力強い感触を劉備は思い出した。

心配げな趙雲の言葉に、素直に頷きたくなる。

だけれども、年上の劉備は甘えるよりも気を遣う方を優先させた。

「ありがとう。その気遣いはとても嬉しい。だが、酔っ払いが帰る時間にしては早いし、通いなれた列車だから」

その言葉に、趙雲は言葉も無く、寂しそうな表情を浮かべてる。

お互い、次の行動へと移す言葉を口に出来ず、その場に立ち尽くした。

そんな二人を促すかのように、さあっと雨上がりの夜風が吹きつける。

前身ごろのボタンを開けたままの劉備が、その風の冷たさに前を掻き合わせると、相手の様子に気付いた趙雲が駅とは逆の方向へ目を遣った。

「・・・劉備殿。少し、寄り道をしても宜しいでしょうか?」

どうしても自分を送る、と言い通す彼を想像していた劉備は、相手の思わぬ提案に深く考える間も無く頷く。

「え?あ、ああ。時間は大丈夫だ」

「ありがとうございます。では行きましょう」

駅を背に、さっと踵を返して趙雲は歩き出した。

先程までの迷うような空気が嘘のように、さばさばとした趙雲の動きに劉備は急いで後を追う。

趙雲は速足で商店街を抜け、静かな住宅街へと入ってゆく。

道路は綺麗に整備され、新しい一戸建てが目につく、この辺りは恐らく新興住宅地なのだろうなと劉備が歩きながら予想していると、ひとつのアパートの前で趙雲が立ち止まった。

「ここが、私の住んでいる所です」

短く劉備へそう伝えて、彼は二階への階段を上り始める。

アパート中央に作られたコンクリートの壁に囲まれた階段は声が響くので劉備は黙って頷き、後について一緒に上がってゆく。

二人分の靴音を響かせて二階に上がると、廊下を進み角部屋の前で趙雲は鍵を取り出してドアを開け、少しだけ待っていてほしいと劉備へ告げて部屋の中に入っていった。

廊下に残された劉備は、その場から改めて趙雲の住む建物を見回す。

窓の数や奥行きから察するに、単身者向けのアパートだろう。

人が動いている時間帯だが、この建物内から子供がいるような賑やかな声は聞こえてこない。

外壁や廊下の見た目から、築年数はあまり経っていないように見えた。

廊下から外を見下ろすとアパートの駐車場が目に留まり、趙雲は車も持っているのだろうか、などとまばらに停まっている車たちを眺めながら劉備が考えていると、相手が部屋から出てくる。

「お待たせして申し訳ありません。本当はお茶でも差し上げるべきなのですが、劉備殿のお帰りの時間をあまりに遅くさせる訳にはいきませんので・・・」

眉を下げて謝る趙雲は、先程まで肩に掛けていたワンショルダーバッグを外し、指輪の入った紙袋も置いてきたらしい。

かわりにライダー風の黒のジャケットを羽織り、手には薄手のマフラーを持っていた。

店の制服姿と先程までの白系のシャツ姿を見慣れていた劉備は、爽やかな雰囲気から少しハードな印象に変わった趙雲に、彼の別の側面を目にした気がして、どきりと胸を鳴らす。

「いや、気にしないでくれ。流石に上がらせろ、とまで言う図々しさは持ち合わせていないから」

胸の高鳴りを誤魔化すように笑って見せると、趙雲は首を振って笑い返してくれた。

「お時間さえ許せば、上がって頂きたかったのですが・・・また機会がありましたら、是非遊びにいらして下さい」

そう言うと、手にしていたマフラーを広げる。

「夜になって冷えてきましたから、これを劉備殿にと思って戻ったのです。私が使っているものですが・・・宜しければ」

麻で織られた淡い水色のマフラーを、劉備の首にふわりと巻き付けた。

劉備の鼻先に、爽やかで穏やかな香りが一瞬、漂う。

それは半日ずっと一緒に居るうちに劉備がいつの間にか認識して憶えた、趙雲の香り。

徐々に温まる首元とその香りに、劉備は僅かに目元を赤く染めた。

「ありがとう・・・私の為に、わざわざ・・・」

「とんでもありません。これはお昼に大切なコートをお貸しくださった、お礼の一部でしかありませんから。・・・さあ、お送りします」

趙雲は自分の手が空いたからと言って劉備の持つ傘を預かると、参りましょうと笑顔で促す。

改めて駅へ向かって並んで歩きながら、劉備がそう言えばと先程生まれた疑問を口にした。

「趙雲は、車は持っているのか?」

「車ですか?いえ、今は持っていません。駅に近いですし、自転車もあるので・・・それがどうかなさいましたか?」

「ああ、あのアパートには駐車場があったみたいだから・・・もしかして、と」

「運転は出来ます。今は車が必要な時は知り合いのレンタカー店から借りるので、数日借りたりするときには駐車場があると便利なのですよ」

へえ、と興味深げに目を輝かせた劉備に気付いた趙雲が、お好きなのですかと尋ねると、彼は嬉しそうに頷く。

「強いこだわりはないのだが、運転が好きでな。私も自分の車は持っていないが、仕事で車移動の時は運転しているのだ。部下には立場を考えてくれ、と叱られるが・・・」

「ふふ、諸葛亮殿もそのようなお話をされていましたね。社長自らがハンドルを握るな、ということですか?」

その時の事を思い出したのだろう、劉備は不満そうな顔でコートのポケットに手を入れた。

「叱る部下に限って、マニュアル操作がまともに出来なかったりするのはどうも腑に落ちない」

「心配なさっているのでしょう、皆様にとっては大切な劉備殿ですから」

いやいや、と劉備は趙雲の顔を見上げて声を上げる。

「自分が代わりに運転する、と言い切った部下の、ギアチェンジがガックンガックンする車に趙雲も乗ってみると良い。そちらの方が寿命が縮まるから!」

ちょっと目線をずらして、劉備の訴える状況を想像したらしい趙雲の口元から白い歯が見えた。

「ははは・・・すみません、それは私も嫌です!」

「そうだろう?エンスト寸前の運転はもう勘弁してもらいたい・・・運転以外は仕事が出来る、良い部下なのだが」

ささやかな車談議に話を咲かせながら先程の商店街の近く、趙雲が人通りの殆ど無い小道の途中で立ち止まり、改まった声を出した。

「劉備殿、お願いがあります」

何だろうと劉備も足を止めれば、相手が真っ直ぐな瞳で見つめてくる。

「やはり、貴方の降りる駅まで送らせてください」

「趙雲・・・嬉しい申し出なのだが・・・そこまで気を遣わせてしまうのは、やはり・・・」

「心配なのです」

「・・・ありがとう、でも」

「離れたくないのです」

自分の言葉から間を置かず告げられた一言に、劉備の思考が止まった。

きっと、こちらが酷く驚いた顔をしているのだろう、趙雲は慌てて視線を落とし、口元に手を当てる。

「・・・す、すみません。あの、どんな言葉で自分の気持ちをお伝えして良いのか、分からなくて」

自分に遠慮して気を遣ってくれる劉備に、どう告げれば今の気持ちが伝わるのだろうかと趙雲は道中懸命に考えたが、上手い言葉は見つけられなかった。

考えあぐねた結果、どうしても告げたかった言葉がこれだったのだと彼は言う。

「昼間、私は貴方に半日の時間を下さい、とお願いをしました。その願いがまだ叶うのでしたら、この我儘を聞いていただけるのでしたら、いま少し、私は劉備殿と一緒に居たいのです」

冷たい夜風が頬を撫でているのに、それに反して顔は熱い。

彼の言葉は自分と同じ気持ちを持っていてくれているようで嬉しいのに、そんな筈はないだろうと自制を敷くもう一人の己が劉備の中にいて、彼は答えに窮した。

言葉を探す劉備へ、趙雲は頭を下げる。

「図々しいお話を・・・申し訳ありません・・・っ!ご迷惑でしたら、はっきり仰ってください!」

頭を下げている趙雲の両手が僅かに震えている様子を目にした途端、、劉備の身体が勝手に動いた。

相手の肩に手を添えて、顔を上げさせながら抱きしめる。

「趙雲」

突然の抱擁に硬直した相手に構わず、劉備はそのまま、あやすように趙雲の背を優しく撫でた。

「迷惑な事などあろうか」

彼がどうしてそこまで緊張しているのか劉備は分からないままだが、いま自分がしてやれる事は理解している。

ゆっくり、穏やかな低音で劉備は語り掛けた。

「ありがとう、こんな私へ嬉しい言葉を。私はもっと貴方の我儘を聞こうと思っていたのに、それ以上に自分が我儘になってしまうのが怖くて、やせ我慢をしてしまっていたようだ」

自分の肩口に頭を預けさせて、劉備は趙雲の髪をそっと撫でつけ、趙雲の方はその優しい感触と相手の温もりを、夢見心地でじんわりと確かめている。

「貴方が近くの駅まで送りたい、と申し出てくれた時、本音ではとても嬉しかった。だが、少し怖くなってしまったのだ」

最後の言葉を耳にした趙雲が、劉備の腕の中で身じろぎをした。

「怖い、ですか・・・?」

背中をとんとんと軽く叩きながら、劉備は苦笑する

「出来過ぎた話に怖気づいた、と言った方が早いのかも知れない。趙雲のような人と半日共に過ごすことが出来て、帰り間際までこんなに楽しく一緒に居られるなんて、今朝目覚めた時には想像もつかなかったから」

趙雲が顔を上げると、劉備は身体を離して相手の様子を確かめるようにじっと見つめた。

落ち着いただろうか、と尋ねれば、趙雲は申し訳なさそうに微笑して礼を告げる。

頷き返して、劉備は鬢の辺りを照れ臭そうに掻いた。

「少し歳を重ねると、幸せが重なってやってくる事が怖くなる。その後には悪いことが待っているのではないかと、な。だから、いつもの癖で自分から線引きをしようとしてしまったのだ。趙雲が謝ることなどひとつもない」

自分を否定する言葉を一つも言わず、むしろ好意的な話をしてくれる劉備へ、趙雲は胸を鳴らしながらももう一度、確認の問いを投げかける。

「そのような・・・では、私のお願いは・・・」

「二度も切ない思いをさせてしまって申し訳なかった。どうか、もう少し一緒に居てくれないだろうか?」

目元を赤くして、趙雲へそう告げた劉備の姿に、趙雲は先程までの温もりと香りを思い出して眩暈を覚えた。

「劉備殿・・・」

手を少し伸ばせば、相手を抱きしめられる距離である。

この手を伸ばして、そのまま自分の奥深い気持ちを、との思いが一瞬よぎったが、大通りの方から数人の話し声が近づいてきた様子に気付いて、趙雲が行動に移すことは出来ず、笑顔で喜んで、と返すのが精一杯だった。

 

他愛もない会話を重ねながら電車に乗り込み、座るところを探したが生憎と車内は満席で、立っている乗客の数も帰宅ラッシュの名残か、それなりに多い。

仕方なくドアの付近に立つと、趙雲がこちらへ、と劉備を他人とぶつかりにくい位置へ導いてくれる。

趙雲はそんな彼を護るような位置に立ち、手近な手すりに掴まって劉備へ話しかけた。

「狭くないですか?」

「ああ、大丈夫。趙雲こそ、立ちにくい位置では?こちらに・・・」

自分の場所を譲ろうとすると、そっと押し留められた。

「劉備殿はそのままで。その場所が一番安全ですから」

発車を告げるチャイムが鳴ると更に乗客が増えたらしい、趙雲が後ろから押されたらしく、ぐっと劉備へ近づく。

間近に顔を見合わせるような形になって、趙雲がすみませんと恥ずかしそうに笑った。

それでも劉備が押しつぶされないように手すりに掴まり、足を踏ん張ってこちらに僅かな空間を作ってくれている。

「趙雲、私は大丈夫だから」

電車の動きに合わせて揺れる趙雲を支えようと、劉備は彼の胸元に手を添えると、趙雲は耳を赤くして小さな動揺を見せた。

「あ、ありがとうございま・・・」

その時、電車がカーブを曲がったらしく、遠心力で立っている乗客達が振られる。

後ろから押された趙雲が、不意を突かれて劉備へ倒れ掛かった。

ドアと自分の間で劉備が潰されないようにと、趙雲は手すりを掴んでいる片手に力を籠め、もう片腕で劉備を抱きとめる形で、相手がドアへぶつかる状況を回避させた。

「すみません、危ないので暫くこれで我慢してください」

囁き声で非礼を詫びる趙雲の腕の中から見えるのは、彼の喉ぼとけくらいだ。

その顔もみえないくらいの近さに、劉備は早鐘を打つ心臓を落ち着かせる努力も忘れて相手の肩口に顔を埋める。

暫くお互い無言で電車に揺られていると、次の停車駅のアナウンスが聞こえてきた。

「つ・・・次で、だいぶん人は降りると、思う」

僅かに顔を上げて小声で趙雲へ伝えると、彼は分かりましたと言いながら劉備を支える腕に力を籠める。

「痛くないですか?」

「う、うん。平気だ」

ばくばくと鳴り続ける己の拍動を、相手に気付かれてしまってはいないかと劉備は心配するが、次の駅に到着するまで、そんな彼を抱き支える趙雲の腕の力が緩められることは無かった。

 

「マネージャー!その指輪、すっごいステキじゃないですかぁ!!」

こちらが引継ぎの挨拶を口にする前に、右薬指の品を目敏く見つけた鮑三娘の黄色い声が、バックヤード中に響いた。

あまりの声の大きさと不意打ちに趙雲は慌てて片手を上げて相手を制する。

「っ、ありがとう・・・だが店内のお客様にまで聞こえるような大声を出すものでは無いぞ」

落ち着いた声でたしなめられて、鮑三娘は急いで両手で自分の口を抑えた。

「あっ、スミマセン!でもでも、マネージャーがそんなアクセ着けてくるの初めて見たんで、びっくりしちゃって。どうしたんですかぁ、ソレ?」

好奇心の塊のような彼女に、例の困った客対策としてのアイテムだ、と言葉少なに教えれば、ああ~と心底納得したような顔をされた。

「あの人ですかぁ・・・マネージャーに何回断られてもめげないトコは凄いって思いますけど・・・確かにあそこまで押しが強いと引いちゃいますよねぇ。それ、めっちゃ効果あると思います!私もマネージャーに恋人が出来たのかって勘違いしちゃいましたもん!!」

無邪気にそう話す鮑三娘へ乾いた笑いで誤魔化しながら、女性目線の言葉に趙雲は首を傾げる。

「しかし・・・そういうものなのか?」

「そういうものですよぉ。女子ってアクセとかオシャレとかには敏感なんで!でも、ただのお客サン避けにしてはカッコいい指輪・・・あ、もしかして誰かから選んでもらったとか~??」

鏡で服装をチェックしながら、趙雲は片眉を上げて相手の伺うような声に軽い調子でまあな、と返す。

「お世話になっている方から店を教えて貰って、アドバイスも頂いた。だがお前の想像するような間柄ではないから、今日は安心して上がっていいぞ」

なーんだ、と相手は肩を竦めて自分のタイムカードを手にした。

「マネージャーにステキな人が出来たら、スタッフみんなでお祝いしようってずーっと前から言ってるんですよぉ。まだ暫くはお預けかぁ・・・」

残念だったなと答えながら、趙雲は素早く話をすり替える。

「ははは、他人の心配よりも自分の事を心配した方が良いのではないか?」

「!か、関索とは、順調に仲良くなってる・・・はずですもん!!」

今日もこれから彼の妹と会って相手の事を色々と聞き出すのだ、と意気込む鮑三娘に応援の言葉を投げ掛け、趙雲は彼女を送り出した。

静かになったバックヤードで額に手を当ててため息をついていると、簡易的な敷居の向こうから聞こえていたキーボードを叩く音が止む。

「趙雲殿、私たちからのお祝いは本当にお預け、ですか?」

ひょこっと顔を覗かせた諸葛亮へ、趙雲は両手を振って慌てた様子を見せた。

「も、勿論です!劉備殿とは、何も」

相手の右手の薬指に光る品を見つけて、諸葛亮は微笑む。

「それは残念です。昨日お見掛けした時、とても仲睦まじく過ごされていたようでしたのに。てっきり待ち合わせでもされていたのかと」

諸葛亮の言葉に、趙雲は首を振って気恥ずかし気な表情を見せた。

「いえ、帰り道に自分が雨に濡れていたところを、たまたま劉備殿が見つけて下さったのです。服が乾くまでの時間、昼食を取らないかと誘って下さって、それで」

「指輪まで?」

間髪入れずに問われた趙雲の顔が赤くなる。

「・・・・・はい、ご厚意に甘えてしまいました」

ご厚意、という言葉を聞いた諸葛亮はやれやれと肩を竦めた。

それは明らかに厚意ではなく好意、なのだが、劉備は伝えそびれているし、趙雲は気付いていないらしい。

オフの時間に初めて会ったとは言え、その前の何か月はこの店で交流しているのだ、何かアクションを起こしてもおかしくはないと諸葛亮は踏んでいたのに、予想以上に進展は無かったようだ。

お互い不器用、というのは理解していたつもりだが、ここまで鈍足で進む恋は、傍で見ているこちらのほうがもどかしくなって来る。

「それ以上の進展も無し、と?」

「あ・・・いえ、連絡先の交換はさせて頂いたので、また休みが合えばお食事でもという話になりました」

諸葛亮にそう話して嬉しそうな顔をしている趙雲へ、貴方は押しが弱い、などとは流石に言えなかった。

こうなれば劉備に年上の意地をみせろと説教でもしに行こうか、と諸葛亮が二人の後押しを考え始めた時、趙雲がそう言えばと口を開く。

「劉備殿は車の運転がお好きだと仰っていました。諸葛亮殿は同乗されたことがありますか?」

相手の問いに普通に答えようとした諸葛亮の思考に、ひらめきが生じた。

「・・・それです」

「え?」

「劉備殿、実に良いボールを投げて下さった」

「???」

伝票の束を纏めながら口角を上げる諸葛亮を、趙雲は首を傾げて眺めるしか出来ない。

その喜びの意味を聞こうとしたとき、店の方から張苞がヘルプの声を投げてきたので、趙雲は続きはまた後で、と相手に告げ、急いでバックヤードを出て行った。

 

目的の駅に降り立って人気のない場所で相手と向かい合うと、劉備は改めて趙雲へ感謝の言葉を告げる。

「ありがとう、趙雲。混雑の中、私を庇ってくれて」

「当たり前の事をしただけです。それよりも、咄嗟の事とは言え、びっくりさせてしまったようですみません」

その言葉に劉備はちょっと目を見開いて、頬に片手を添えながら、いや、と首を振った。

「確かに、初めてあんな風に護ってもらったものだから少し驚いたが、大丈夫だ。・・・嫌ではなかったし」

最後に小さく告げられた言葉に、趙雲の頬も熱くなる。

「あ・・・ありがとう、ございます」

お互い俯いて言葉を探していると、趙雲が乗る電車の到着を予告するアナウンスがホームに響いた。

それを合図にしたかのように、劉備が顔を上げる。

「趙雲。あの、昼間に教えて貰った貴方のSNSの連絡先、なのだが」

「はい、練習で交換した・・・」

「うん。もし、趙雲が迷惑でなければ、保存しておいても良いだろうか?」

早口にそう頼む劉備へ、趙雲は微笑んで見せた。

「勿論です。私も、劉備殿のご連絡先を保存しておいても?」

趙雲からの申し出に、劉備も笑顔を浮かべて頷く。

「ああ!時間がある時に、これで連絡させて欲しい」

「ありがとうございます。私からもご連絡いたします。ああ、そうしましたら私のシフトもお送りできますね」

相手からの提案に、劉備の瞳が輝いた。

「それは有難い!店先で訊ねるのは気が引ける時もあったから・・・」

嬉しそうにそう言ってくれる劉備に、趙雲は目を細める。

「はい。早めにご連絡致します。・・・では改札までお送りを」

趙雲が改札へ向かう階段を示すと、劉備はゆるりと首を振った。

「名残惜しいが、今日はここで別れよう。趙雲が乗る電車も直ぐに来るようだし」

劉備が言い終わらないうちに、到着を告げるアナウンスと共に、ホームのはるか先から列車のライトが小さく見えてくる。

趙雲が預かっていた自分の傘を受け取ると、劉備は改めて相手に笑みかけた。

「今日はありがとう、趙雲。とても楽しい時間を過ごすことが出来た」

「私のほうこそ、ありがとうございました。沢山お世話になってしまいましたが・・・」

「それはお互い様、と笑い飛ばしておくものだぞ?」

でも、と趙雲が苦そうな顔を見せる。

「貴方のコートをクリーニングしてお返しすると申しましたのに・・・」

「さあ?そんな話は忘れてしまった」

劉備は着ている自分のコートに目を落としてから、とぼけたような声を出した。

「劉備殿・・・」

眉を下げる趙雲へ、劉備が手を差し出す。

「別れ際にそんな顔はしないでくれ。笑顔で、さよならの握手をしてくれないか?」

努めて明るい声を出してくれる劉備に、趙雲も小さくはあるが微笑を返して、差し出された手を力強く握った。

「・・・あの、また、こんな風にお逢いしていただけますか・・・?」

握手をしたまま問うてきた趙雲へ、勿論と劉備は頷く。

「時間があったら、是非逢いたい」

電車が近づいてきた音と共に、劉備は名残惜しい気持ちを押し隠して、そっと握手を解いた。

「帰り道、気を付けてな」

気遣いの言葉に、趙雲はふんわりと笑む。

「ありがとうございます。劉備殿も、お気を付けて」

劉備は見送るつもりで一歩下がろうとした時、肩をグッと引き寄せられた。

一瞬何が起こったか分からなかったが、気付くと趙雲の腕の中にいる。

混雑の時に自分を護ってくれた温もりに、今は両腕で抱きしめられていた。

「・・・貴方が無事に、帰ることが出来ますように」

掠れた声で、耳元へ告げられる。

穏やかな温もりと真摯な声に、劉備は目を閉じてうん、と返した。

「趙雲も、無事に帰ってくれ」

列車がホームに滑り込んでくるタイミングで、趙雲はゆっくりと身体を離す。

離れ際に触れた手をやんわりと繋いで、劉備殿、と彼は呼び掛けた。

「帰宅されたら、私へ連絡していただけませんか?一言で構いませんから」

少しづつ離れてゆく指先の感触を確かめながら、劉備は肩を竦める。

「分かった・・・ふふ、心配性なのだな?」

からかうように言ってみると、趙雲はちらと目を泳がせて、否と返した。

「もしかしたら・・・独占欲、と言うのかも知れません」

「え・・・?」

「すみません、自分でもよく分からないのです」

聞き直した劉備へ趙雲は恥ずかしそうにそう告げて微笑むと、緩くつないでいた指先を解く。

そして到着した電車を一瞥すると、相手にぺこりと頭を下げた。

「では劉備殿、失礼します」

「・・・趙雲」

「また、ご連絡いたしますね」

寂しさを振り切るように趙雲は劉備へ笑って見せると、ドアの開いた電車にさっと乗り込む。

乗降客の少ない電車のドアは、あまり待つこともなく閉じた。

窓の向こうでこちらを見つめる趙雲へ、劉備は小さく手を振る。

動き出した電車の中からこちらに合わせるように趙雲も優しく笑って、片手を上げてくれた。

劉備が立っていたホームが後ろに流れていって、車窓に自分の姿だけが反射して映し出されると、趙雲はドアにもたれて寂しげな息をつく。

ジャケットのポケットからスマホを取り出すと、SNSを開いて昼間、劉備とやりとりした画面を開くが、目は文字を追っていない。

彼は、先程思わず抱きしめてしまった温もりを思い返していた。

自分よりも小柄な身体、頬に触れた相手の髪の感触、香り。

記憶を辿るほどに胸が締め付けられる。

画面に表示された相手の名を見つめて、この電子の小さな繋がりが消えないように、ずっと続くようにと趙雲は願った。

 

 

 

(つづく)