こんにちは。
今回も無事に更新できました。
前回、前々回よりも短めのお話となっております。
不定期なタイミングで更新している小説ですが、それでもご拝読下さる皆様、ありがとうございます!
ここまで来て、まだ付き合ってないのかよ、と言われている気が・・・
すみません、まだ付き合ってません(笑)
それでもちょーーーっとずつ進んでおりますので、お暇つぶしにでもお付き合い頂けましたらうれしいです!!



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ともしびのように <コンビニ店員の趙雲とサラリーマン劉備のお話>

 

 

 

10.I’m in love

 

 

 

携帯電話など、仕事で使うための道具でしかないと思っていた。

二つ折りの携帯からスマートフォンに変えたのだって自分の意志では無くて、時代の流れと仕事で必要だったからだ。

色んな機能があるんですよ、カメラの機能は充実しているし、ゲームだって出来るんです、と変えた当初は孔明や部下たちから色々と教えて貰ったけれど、自分には使いきれない機能ばかりで正直どう扱って良いのか分からず、あわよくば二つ折りの携帯に戻せるならば戻したい、とまで思ったこともある。

そんな持て余し気味だったスマホだったのに、今では胸の内ポケットから取り出す回数が増えた。

独りきりの部屋に着いて、ただいま、と戸惑い気味に送った一言に既読の文字が付いたその少し後に、おかえりなさい。私ももう少しで家に着きます、と返ってきたあの夜から、スマホの画面を見つめる時間が長くなったという自覚はある。

折角彼からシフトを教えて貰ったのに、それから一週間以上はあの店に顔を出す暇がないまま過ぎてしまった。

SNSで忙しい旨を伝えれば、こちらに気を遣わず仕事を全うしてくれ、でも身体だけには気を付けるように、と彼らしい言葉が返ってくる。

リアルタイムに言葉のやり取りが出来るようになったのは嬉しい事だが、やはりあの笑顔や声が聞けないのは寂しかった。

それに、半日を共にした日の別れ際に残してくれた温もりが、酷く恋しい。

夜遅くに自宅へ帰り、玄関を開けた時の真っ暗な空間と対峙するたび、彼の温もりを思い出してスマホの画面を確認してしまうのだ。

ただいま、と伝えるには遅すぎる時間が続いているので、自分からは気が引けてメッセージを送れない。

だから、相手からの言葉を待ってしまう。

待っているだけではいつまでも前に進めないと分かっているのだけれども、今の忙しさは先が見えてきている、それまでは許してほしい、と離れた相手に心の中で謝った。

 

昼間に、今日も寄れそうにない、と短いメッセージが届いていた。

それに対して、了解の意とちゃんと食事を取るように願う言葉を返したのだが、それから相手の返信が無いまま趙雲の勤務時間は終わり、いまは自宅の窓から夜半過ぎの空を彼は見上げている。

諸葛亮によると、劉備の会社でどうやら仕事の一部で手違いが起こり、それがそこそこの規模の仕事であった事から、彼自身が関係会社へ謝罪とスケジュールの組みなおしに駆け回っているらしい。

趙雲は本人から直接話を聞いていないので、こちらから詳しい話を口にして勝手に心配するわけにはいかなくて、ここ数日はもどかしい思いで過ごしている。

着け慣れてきた指輪を無意識に触りながら、趙雲はスマホの画面を開いた。

そこにはやはり、相手からのメッセージが届いた通知は無い。

こちらからのメッセージには既読の文字が付いているので、目を通してくれてはいるのだろう。

だが、一週間以上も顔を見ることが出来ないのは不安だった。

彼の事だ、もし体調を崩していても、こちらに気を遣って元気だと言うだろう。

今の状況がまさにこの想像通りだったとしたら、と趙雲は思い至り、スマホを片手に部屋の中を落ち着きなく歩き始める。

画面に表示されたデジタル時計を見つめながら彼は随分と迷っていたが、思い切ったように電話帳のデータを開いた。

 

ざっとシャワーを浴びて、濡れた髪をタオルで拭きながらテレビの前のソファに座り、夕食を食べ損ねた代わりのコンビニのお握りを一口齧った時、スマホが光と共に着信を告げる。

自分に付き合って残業をしてくれていた部下からの急ぎの連絡だろうか、とスマホを手に取った劉備は、表示されている相手の名前に固まった。

卓上の時計を見て、もう一度画面を見る。

面食らいながらも、思い切って通話ボタンに指先を向けた。

もしもし、と声を出すと、電話口の向こうから酷く申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「あの・・・趙雲です。このように遅い時間に、申し訳ありません・・・お休みでしたか?」

久しぶりに聞いた相手の声に、劉備の心の緊張がほぐれる。

「いや、先程帰ってきて、落ち着いたところだ。・・・趙雲は?眠れないのか??」

相手はこちらの問いに答えず、驚いた声を出した。

「いま、お帰りだったのですか・・・!?お忙しいとお聞きしておりましたが・・・まさか、こんな時間まで・・・」

その反応に、うっかり現状を素直に口に出してしまった自分の浅はかさを劉備は悔やむ。

努めて明るい声で、大丈夫だ、と急いで趙雲へ語り掛けた。

「今日はイレギュラーが重なってしまってな。こんなに遅いのは珍しいのだ」

「・・・そう、ですか・・・」

下手な嘘がばれたのだろうか、明らかに納得していない声が聞こえてくる。

どうすれば相手の心に生じさせてしまった心配を軽くしてやれるだろうか、と劉備が手元のボールペンを弄びながら言葉を探していると、趙雲が呼び掛けてきた。

「では、お食事の方はきちんと召し上がっていらっしゃいますか?」

その問いかけに、思わず傍らにある食べかけのお握りに目が行く。

侘しさ満点のそれが何とも後ろめたくなった劉備はお握りに背を向けて、視界に入らないようにした。

「うん、時間を見つけてちゃんと食べている」

「コンビニ弁当ばかりではダメですよ?」

相手の言葉に、立ち上がってソファの背もたれに腰を下ろした劉備は思わず笑いだす。

「ははは、そなたがそれを言うのか?」

貴方、と今まで使っていた余所行きの呼び掛けを忘れた劉備に気付いた趙雲は、一瞬言葉を忘れた。

「・・・っ、働いているからこそ、言うのです!」

電話口の向こうで何故か照れた声を出す相手の姿を想って、劉備は目じりを下げる。

「ありがとう・・・うん、確かにそうだな。ああいったものは手軽だが、少し寂しい」

「劉備殿・・・」

キッチンに目を遣って、綺麗に片付いたままの食器類を見ると、小さなため息をついた。

「実を言うと冷蔵庫の中も空っぽでな。この一週間は買い出しをする余裕も無かったから、料理をする材料も無くて。この週末に、何とかする予定ではいるけれども」

「そうでしたか・・・何か、私でもお手伝いが出来れば・・・」

「大丈夫。そう言ってくれる気持ちだけで充分嬉しい」

「いえ、そのような・・・あ」

「うん?」

会話の途中で何かに気付いた趙雲の声に、劉備は耳をそばだてる。

「劉備殿、週末はお休み出来るのですか?」

趙雲の問いに合わせて、手近なカレンダーで予定を確認した。

「ああ、土曜の午前中は出る予定だが、その後から日曜までは休むつもりだ」

「私も、久しぶりに土日が休みなのです」

相手の言葉に、ボールペンを弄ぶ劉備の手が止まる。

「もし劉備殿がご迷惑でなければ、貴方の買い出しのお手伝いをしたいのですが・・・」

こちらが言葉を返す前に、向こうが続けて嗚呼と声を上げた。

「それに、以前お借りしたハンカチをお返ししなければいけませんし」

彼の話に、劉備も慌てて自分のハンガー掛けへ視線を移す。

己も前回、趙雲から借りていた水色のマフラーがクリーニングを終えて、そこに掛かっていた。

ハンカチはいつでも構わないが、彼のマフラーは今が使う時期だろう、時間を置かずに返さなくてはいけないと思う。

「私も、そなたからマフラーを借りていた・・・買い出しに付き合わせるのは申し訳ないが、これだけでも返せれば・・・」

控えめな言葉を選ぶと、電話口の向こうからクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「どうか遠慮などなさらず。私に荷物持ちをさせて下さい」

胸がくすぐったくなるような笑い声に、劉備も口元を緩ませてうん、と素直に頷く。

「ありがとう、では遠慮なく水物を買い込もうかな?」

「ええ。貴方が必要なものでしたら、どれほどの品でも喜んでお供いたします」

お互い冗談めかした言葉を交わして、深夜の部屋に笑い声が響いた。

自分の笑い声に気付いた劉備が、ふっと穏やかに息をつく。

「どうなさいましたか、劉備殿?」

電話の向こうの相手の変化に気付いた趙雲が気遣う響きを出すと、劉備が緩く首を振った。

「いや・・・久しぶりに気持ちが晴れたような気がして、力が抜けたのだ」

趙雲と食事を共にした次の日、酷く難しい顔で法正が己のデスク前に立ったあの時から、ずっと緊張して過ごしてきた気がする。

ミスを犯してしまった法正の部下達、彼を使っている法正、どちらも必死にミスを挽回させようと努力している姿を知っているから、こちらも疲れたような顔を見せることは決して出来なかった。

毎日出社すると部下たちへは前向きな言葉を紡ぎ、迷惑を掛けた他の会社へは背筋を伸ばして頭を下げ、戻った社内では平然とした顔を作ってこれからのスケジュールの相談を各部署のトップ達と重ねる日々の中で、知らないうちに心身が強張っていたらしい。

「流石に慣れない事をしていたせいか、少し、疲れたのかな」

劉備の話を黙って聞いていた趙雲が、静かな声を出した。

「本当に・・・大丈夫ですか?劉備殿」

「ああ、大丈夫だ。今週末には目処がつくところまで来ているから」

「ちゃんと眠れそうですか?」

相手の声を聞きながら、劉備は目を閉じる。

「・・・今日は、眠れると思う」

ずっと聞きたかった声を聞くことが出来たから、と心の中で続けた。

「どうか、無理はしないで下さいね」

「うん。趙雲も明日があるのだろう?夜更かしはしない方が良いぞ??」

今までの言葉のやり取りから、相手が自分の問いかけに対して素直に分かりました、と答えると想像していたのに、電話口の向こうの趙雲からは少し言葉を探すような間が出来る。

おやと劉備がスマホを持ち直して相手からの言葉を待っていると、何かを決めたような趙雲の声が聞こえてきた。

「劉備殿。もし、この後も眠れなかったら・・・私に電話してください」

「・・・趙雲?でも、」

「貴方からの電話でしたら、いつでも出ますから」

嗚呼、と劉備は言葉にならない気持ちで俯き、額に手を当てる。

凛とした静かな声音に、甘えてしまいたくなった。

このまま電話を切らないでくれ、という言葉が口から零れ落ちそうになる。

でも、自分がそれを求めれば、彼は己を削ってでも必ず約束を守ってくれると知っているから、劉備は相手に寄り掛かろうとする心を落ち着かせるように、そっと、そっと相手に聞こえない程の小さな息をついた。

「ありがとう。本当に眠れないときがあったら、その時は甘えさせてくれ」

「ええ。独りで我慢しないで下さいね」

「趙雲こそ、私の心配ばかりしないで自分を大事にしないといけないぞ?」

「ふふ・・・ありがとうございます。では、そろそろ切りますね。こんな時間にすみませんでした。どうかゆっくり休めますように」

「うん、そなたも良い夢が見られるように・・・おやすみ、趙雲」

「おやすみなさい、劉備殿」

通話終了、の表示を見つめて、劉備は乾きかけの髪を掻き上げる。

ほんの一時、声だけの存在でも傍らに居てくれた相手のおかげからか、ゆるりと穏やかな眠気が自分に向けて手を伸ばしてきた気配を感じた。

手早く就寝の準備に入りながらふと手を止めて、彼は子龍殿、と独り部屋の中で呟く。

字名を口にするだけで胸が温かくなる、その気持ちが何かを再確認して、ベッドの上の劉備は新しく決まった週末の予定を微笑みながらスマートフォンへ書き込んだ。

 

 

 

(つづく)