こんにちは!
今回も無事に更新することができました。
改めて読み返してみるとかなりのボリュームになっておりますが、そんなお話に時間を割いて読んで下さる皆様には感謝の気持ちで一杯です!
今回は長めとなりました。
お時間のある時にでもお付き合い頂けましたらとても嬉しいです・・・!




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ともしびのように <コンビニ店員の趙雲とサラリーマン劉備のお話>

 

 

 

11.僕が希むしあわせの形

 

 

 

以前、劉備から雨宿りと昼食を兼ねて連れてきて貰ったカフェに、今は趙雲だけが人待ち顔で窓の外を眺めている。

午前中の仕事を終えた劉備とここで落ち合って、それから彼の買い出しに付き合う、という予定だが、午後一時近くになっても待ち人の姿はまだ見えない。

手元のコーヒーカップの中身は既に空になっており、相手からのSNSの通知も届いていない状態の趙雲は徐々に心配になってきた。

劉備の身にまた別のトラブルが起こっているのではないか、それとも目処が立ちそうだった件が拗れてしまったのではないか、などど窓の外の爽やかな晴天とは真反対の思いが彼の胸中を占め始める。

こちらから連絡を入れるのは、相手を急かしているようで気が引ける。

約束をすっぽかす御仁ではないからと趙雲は不安を振り払って、時間潰し代わりのメニュー表を再び手に取った時、机上のスマホが着信を伝えた。

『すまない趙雲!いま、向かっている!!』

こちらが応答の声を出す前に、忙しない靴音と共に、焦っているような劉備の声が聞こえてきた。

「劉備殿、走らなくても大丈夫ですから。ゆっくりいらして・・・」

『あ・・・!見えた!!待っていてくれっ』

通話が切れたと思ったら、窓の向こうで劉備が走りながらこちらに手を振っているのが見える。

その無邪気な笑顔と仕草に、趙雲は先程までの不安など一切忘れて、笑みを零した。

店内に入ってきた相手の姿を改めて眺め、趙雲は小さく声を上げる。

「今日は、スーツでは無いのですね?お仕事だと聞いていたので、てっきりいつものお姿かと思っていましたが・・・良くお似合いです」

濃色のジーンズに、スタンドカラーの白いシャツを着て、その上からラフな印象の綿ジャケットを羽織った劉備は気恥ずかしそうに笑った。

「今日と明日は部下を全員休ませたのだ。誰も見ていない社内で私一人、書類のチェックをするだけだったから、スーツまではいいかと思ってな」

「そうだったのですか、それでお時間が・・・」

いや、と劉備は片手を振って苦笑いを見せる。

「仕事自体は予定通りに終えたのだが、いつも戸締りを人任せにしていたせいで、それに手間取ってしまって。自分から約束をしていたのに、酷い遅刻をしてしまって本当にすまない」

申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる劉備へ、趙雲は首を振って応えた。

「お気になさらないで下さい。お仕事のトラブルで無かったのでしたら、安心致しました」

久しぶりの再会でも、お互い戸惑う様子も無く会話が繋がってゆく。

劉備へ向けてメニュー表を広げ、趙雲は微笑みと共に遅めの昼食を彼に勧めた。

 

画面の中だけでのやり取りではなく、劉備の顔を見て直接伝えたかった事が、趙雲にはあった。

食事をしながらその報告をすると、相手の顔が輝く。

「そうか、その指輪は役に立ったのだな?」

「はい。劉備殿から戴いた指輪と、諸葛亮殿からのアドバイスのお陰で」

趙雲の返答に、劉備は首を傾げた。

「孔明?何か言われたのか??」

右手の指輪を触りながら趙雲は笑みを零す。

「そのお客様と話すときは、相手へ向かってしつこいくらいに指輪が見えるようにしながら話すようにと言われたのです」

考える素振りをしながら顎に右手を添えてみたり、手を組んだ時も右手を上にしたり、ひとつひとつの動作にも指輪の存在へ気を配るように、と諸葛亮は趙雲に言い含めていた。

その効果は抜群で、いつものようにプレゼントを持って来た女性客は暫く粘っていたが、趙雲の右手に光るものに気付いた途端、言葉少なに謝罪の言葉を口にして退店していってしまったのである。

「諸葛亮殿は凄い方ですね。私よりも歳は若いと聞いておりますが、心理学など学ばれていたのでしょうか?」

素直に同僚への尊敬を口にすると、劉備が何故か口元をへの字にした。

「大学も優秀な成績だったし、もともと本やら何やら読み漁るのが趣味だと言っていたからな・・・」

その言葉に僅かな棘を感じ取った趙雲はおやと相手を注視する。

「劉備殿?」

サラダに手を伸ばしながら、劉備は何でもない、と慌てて目を逸らした。

「あれは優秀すぎるから、つい羨ましくなる時があって」

人間味溢れる劉備の告白に、趙雲は分かりますと真面目に頷く。

「あの方の頭脳に自分は叶わないと理解しているのに、羨ましくなってしまう時が私もあります。でも、劉備殿だって諸葛亮殿とはまた違った魅力をたくさんお持ちですよ?」

レタスをフォークに差した状態で、劉備は首を傾げた。

「?褒められるようなところなど、私にあるだろうか??」

「ええ、ありますとも。私のような若輩者にも丁寧に接してくださる優しさでしたり、どんな話でも厭わず聞いて下さるところでしたり、笑顔が素敵なところでしたり、そのお声も・・・」

素晴らしい笑顔で指を折りつつ劉備の魅力をすらすらと口にする趙雲に、相手が急いで待ったをかける。

「ま、待ってくれ趙雲!」

指折り数える手を止めて、趙雲がきょとんとした顔でどうしました、と訊ねてくる。

「そこまで褒められると、流石に恥ずかしい・・・」

耳まで赤くして、顔を冷やそうとハンカチで風を送る劉備の姿に、趙雲は愛らしさを見つけて小さな笑い声をあげた。

「これは・・・申し訳ありません。ご自身にもっと自信を持って頂きたくて、つい」

「いや、有難い事だとは思っている・・・褒めて貰えるのは嬉しいのだが、自分がその言葉をどう受け取って良いのか分からなくてな・・・」

「私の言葉はそのまま、素直に受け取って頂ければ嬉しいです」

赤みの残る顔で趙雲をちらりと見て、劉備は照れたように微笑む。

「・・・うん、ありがとう、趙雲」

謙遜しすぎないその言動に、趙雲は心の中でそんなところも好きです、と付け加えた。

 

劉備の買い出し、という話だったので彼が使っている店に行くのかと思っていたが、相手は自分が使っている店に行ってみたいと言う。

「たまには別の店の品揃えも見てみたい。明日も休みだから、今日の所は軽めの買い物にすれば移動で苦労しないだろうし」

電車に乗り込み、椅子に座りながらそう言う相手へ了解の意を表しながら趙雲は、でも、と続けた。

「荷物でしたら私が持つので、必要なものは買ってしまいましょう。そのためにご一緒しているのですから遠慮なさらず」

さり気無く甘えてくれという意味合いを含ませると、劉備は微笑で返してくれるが、直ぐに目線を斜め上に動かして迷うような素振りを見せる。

「うん、ありがとう。だが・・・」

「お気遣いは無用ですよ?」

先回りした言葉を伝えると、相手がそうではない、と悪戯気な笑いを覗かせた。

「趙雲の言葉に甘えたいのだが、安売りがなければ沢山は買えないな、と思って」

意外な言葉に趙雲は少し驚いたような表情を見せた後、口元に手を当てて忍び笑いを漏らす。

「成程、確かにそうですね。週末ですからお得な品は少ないかも知れません・・・店のチラシでもお持ちすれば良かった」

「車内で男二人が頭を寄せ合ってスーパーのチラシを覗き込んでいるのか、なかなかの見物だ」

顔を見合わせて笑い合っていると、趙雲がふと劉備の顔を覗き込んだ。

その真剣な眼差しに劉備は瞳を逸らせずどぎまぎしていると、静かな声で問いかけられる。

「劉備殿、少し痩せましたか?」

「どうだろう?・・・自覚は無いけれども」

首を傾げて自らの頬に手を当てる劉備を見つめながら、趙雲は心配そうな様子を見せた。

昼食を取っている時には気が付かなかったが、こうして隣に座り間近で相手の顔を見ると、目の下にうっすらと隈のようなものが確認できる。

顔の輪郭も、以前逢った時よりはやや細く、顎も尖ったようだ。

彼自身に自覚はあっても、こちらにそれを伝えることは絶対に無いだろうと分かっている趙雲は、早めに用事を済ませて相手を自宅まで送ろうと心に決める。

「疲れた時は、遠慮せずに教えてください。休む場所は幾らでもありますから」

趙雲からの申し出に、ありがとう、と微笑む劉備の顔には、やはり隠し切れない疲労の影がじわりと滲んでいた。

 

前回、夕食を取った店の近くにあるスーパーへ劉備と共に入った趙雲は、自分の買い物も兼ねてカートにカゴを二つ乗せる。

貴方のカゴは上、自分は下、と劉備に伝えて店内へ足を踏み入れると、相手は自分の行く店とは違うものだと興味津々の顔で先に行ってしまった。

そんな相手の無邪気な様子に微笑ましさを覚えつつ、歩き慣れた店内で自分に必要なものを手に取りながら進んでゆくと、人気の少ない調味料が並ぶ棚の辺りに劉備が佇んでいるのが目に留まった。

場所からして醤油でも見ているのかと思いかけたが、相手の様子がそれとは違うことに一瞬で気付いた趙雲が急いで歩み寄る。

「劉備殿!」

額に手を当てて俯いている劉備の肩に手を添えると、相手が趙雲のジャケットの裾を握り、寄りかかってきた。

「どうしましたか?気分でも悪くなったのですか??」

肩から腕の辺りを労わるようにさすりながら問いかけると、相手は小さな声で大丈夫だと答えた。

「少し、眩暈がしただけだから・・・直ぐに治る・・・」

先程より顔色が悪くなっている劉備の手を握って、趙雲は首を振る。

「無理は良くありません、出ましょう」

「でも、買い物が」

折角来たのに、と続ける劉備を趙雲は心配そうに見つめていたが、何かを決めたように頷いた。

「では、必要なものを教えてください。手早く済ませて店を出ましょう」

幾つかの野菜と肉の種類を聞いた趙雲は、劉備の手を握ったまま相手の様子を気遣いつつ、目的地に向かって真っすぐ進み始めた。

相手の希望した品と自分が必要な品を迅速にカゴへ放り込むと、レジの近くに設置してあるベンチへ劉備を連れて行き、座らせる。

「会計をしてくるので、ここで待っていて下さい。すぐに戻ってきますから」

うん、と頷く劉備をベンチに残して趙雲は速足にレジへ向かった。

まだ僅かに揺れる視界で、会計をしている趙雲の背を劉備はぼんやりと見つめている。

彼に財布を渡すのを忘れてしまった、と小さな後悔を抱えながら大人しく待っていると、大き目なエコバッグを二つ、肩に掛けて趙雲が戻ってきた。

「大丈夫ですか?歩けそうですか??」

しゃがんでこちらの顔を心配そうに覗き込む趙雲へ、劉備は笑みを作って安心させようとする。

「すまなかった・・・少し落ち着いたから、大丈夫。あの、私の食費を渡さなくては・・・」

「それはあとで構いません。まずはちゃんと休むのが大事です」

エコバックから小ぶりのミネラルウォーターを取り出すと、劉備へ渡した。

「ここでもう少し休んだら、私のところへ行きましょう。店では気を遣うでしょうから」

その提案に遠慮の言葉が口から出そうになるが、この状況で一番の良策はそれしかない。

蓋を開けたペットボトルを片手に、劉備は申し訳なさそうに眉を下げる。

「・・・迷惑ばかり掛けてしまって、すまない・・・」

劉備の隣に腰掛けて、趙雲はその背中をそっとさすった。

「気になさらないで下さい。きっとお忙しかったのが一段落して、ホッとされたのでしょう。今日はのんびり過ごしましょうか?劉備殿」

劉備の顔色が少し良くなってきた頃合いを見計らって二人はスーパーを出ると、ゆっくりとした足取りで趙雲のアパートへ向かう。

昼下がりの穏やかな日差しを浴びながら目的地へ到着すると、趙雲は劉備へ最近の店の様子を話して聞かせながら宅の扉を開けた。

玄関を入ってすぐの扉を開けるとリビングキッチンがあり、リビングの脇にはバス、トイレに繋がるらしい扉があって、更にもう一つの扉の奥には部屋があるように見える。

ブラウン系の家具で統一された趙雲の部屋は彼の年齢のイメージよりも落ち着いた雰囲気で、劉備は自室の雰囲気に似ている、と思った。

「ソファに座っていて下さい。いまお茶を出しますね」

キッチンに荷物を下ろしながら、趙雲は劉備へ腰を落ち着けるようにと促す。

その言葉に甘えてジャケットを脱ぎ、テレビの前に置かれたソファへ腰を下ろすと、テレビ台の脇の棚に数冊の本が仕舞ってあるのが見えた。

よく見るとそれらは殆ど資格に関係する問題集やマニュアル本ばかり。

また、種類も様々である。

「趙雲は、色々な資格を持っているのか?」

冷蔵庫に買ってきた品々を仕舞いながら、劉備の視線の先のものに気付いた趙雲は気恥ずかしそうに笑った。

「今の仕事に就く前に様々な業種の仕事をしてきたので、その名残です」

「玉掛の資格もある・・・」

「ええ、土木関係にいたこともあります。クレーンからユニックやらフォークリフトが使えないと役立たずって言われますからね、それはもう必死に取得した記憶があります」

これだけしっかりしている彼が、昔は現場の先輩からどやされていたと想像すると、その初々しさを思って劉備の顔が綻ぶ。

「趙雲は頑張り屋なのだな」

「いいえ、劉備殿には敵いません」

キッチンから、ほうじ茶の香ばしい香りが漂ってきた。

中華柄のようなモダンな模様に彩られた茶碗に注がれたお茶が、劉備の前に置かれる。

自分の前にも茶碗を置いて、趙雲は劉備の脇のラグへ腰を下ろした。

「やはり、無理をなされていたのですね」

静かな声で問われて、劉備は目線を下に落とす。

「・・・すまない。昼食の時は、何も無かったのだが・・・」

「恐らく気を張っていらっしゃったのでしょう。倒れることが無かったのは幸いですが・・・いまは、いかがですか?」

申し訳なさで相手の顔を見ることが出来ず、俯いたまま劉備は首を振った。

「いまは、何とも無い。眩暈がしたのはあの時だけだったから、大丈夫だ」

お茶を一口飲むと、趙雲が小さくため息をつく。

「・・・こういう時に劉備殿の大丈夫、という言葉を聞くたびに私が不安になってくるのですが・・・」

趙雲の落ち込んだような声に驚いて、劉備は慌てて顔を上げる。

「っ、いや、本当に大丈夫だと・・・!」

テーブルの上で手を組み、眉を下げて趙雲は相手の前に置かれた茶碗を見つめた。

「先日の夜にお話ししたこと、憶えていらっしゃいますか?独りで我慢はしないで欲しいと、私が言ったことの意味を」

他の音は聞こえず、相手の声だけが自分の耳朶に浸み込んで来た深夜の会話が蘇る。

ずっと聞きたかった声に、このまま切らないで欲しいと自分勝手に願ってしまった夜。

「・・・忘れては、いない。そなたの気遣いも、とても嬉しかった。でも・・・」

「劉備殿」

次の言葉を探す劉備の手に、趙雲は自分の手を重ねた。

「でも、という言葉は、私には必要ありません。私の前ではどうか、頑張らないで下さい」

いつも気遣いの言葉を貰っているのに、今の趙雲の言葉に対して、劉備は狼狽して返事が出来ない。

「でも・・・いや、しかし・・・趙雲に、そのような」

「私に迷惑をかける、と思って下さっているのですか?」

困った顔で小さく頷いた劉備に、趙雲はゆっくりと首を振って見せた。

「回数は多くありませんが今まで貴方と一緒に過ごしてきた中で、迷惑だと思ったことなど一度もありません。先程だって、もちろんお体の心配はしましたが、貴方の傍に居られることの幸せの方が大きかったと思います」

幸せ、という相手の言葉に、劉備の胸がとくりと鳴る。

劉備の片手を、趙雲が己の両の手で包んだ。

「実は、ずっと劉備殿にお聞きしたかった事があるのです」

急に話題を変えられたような顔で、劉備は瞬きを繰り返す。

「うん・・・?聞きたいこと?」

「前回、劉備殿のお好きなものを色々と伺いましたね」

「ああ、沢山話したことを憶えている」

相手の目をじっと見つめて、趙雲は口を開いた。

「劉備殿には、好きな方はいらっしゃいますか?」

落ち着いた口調の問いに、劉備が少し考えるような目の動きを見せたあと、その顔がみるみる赤くなる。

「き、急に何を・・・っ!?」

「私は、います」

強い意志が含まれた言葉に、劉備は目を逸らすことが出来なくなった。

趙雲は続けて、自分よりも年上の方です、と語り始める。

「私のような若輩者にも丁寧に接してくださる優しさをお持ちで、どんな話でも厭わず聞いて下さる寛容さを備えていらっしゃって、笑顔がとても素敵な方で。趙雲、と呼んで下さるお声がとても朗らかな響きで・・・そして、美しい瞳をお持ちの方で」

昼食の時に、指折り数えながら同じ言葉を口にしていた趙雲の姿が目の前の彼と重なる。

声を出そうとしても、何を語ればよいのか分からない。

趙雲は真っ直ぐに劉備を見つめたまま、再び口を開いた。

「私は、劉備殿の事が好きです」

どくどくと心臓の音がうるさいくらいに劉備の体中に響いている。

「夜中に電話を掛けたのは、貴方が初めてでした。どうしてもお声が聞きたくて、お元気なのか気になって、眠れなくて。その時に貴方は『久しぶりに気持ちが晴れたような気がして、力が抜けた』と仰って下さいました。疲れた、とも。その言葉がとても嬉しかったのです。好きな方から甘えて頂ける喜びを、その時に貴方から教えていただきました。ですから、」

趙雲の口元が、次の言葉に迷うように一瞬強張った様子が劉備の眼に映った。

「私の事が迷惑でなければ、遠慮なく甘えて頂きたいのです。貴方を十分に支えられるには、まだまだ未熟だと自覚しております。でも、私なりに劉備殿を支えさせて貰えませんか?」

劉備は趙雲の言葉から、自分が相手に対して引いてきたつもりだった感情の線を、とっくに超えていた事実に気付く。

それは憧れとか淡い恋、などという微笑みで終わる程度の想いでは無くなっていて、自分の胸を常に温め、道標を示してくれるかけがえのない灯火のような存在になっていたのだと思い至った。

「趙雲」

ソファから滑り落ちるように趙雲が座るラグへ腰を落とすと、彼へ抱き付く。

趙雲も劉備を支えるようにしっかりと抱きとめた。

「迷惑などではない、未熟でもない・・・わたしの好きなひとは、趙雲だ。指輪を贈ったのだって、そなたを独り占めをしたくて、そなたと共に働く孔明に嫉妬までしてしまうくらいに、私は、趙雲が好きで」

今まで堪えてきた言葉が、堰を切ったように流れ出る。

そんな彼を優しく抱きしめ、背を撫でていた趙雲が、劉備の言葉を聞いて不思議そうな声を出した。

「・・・嫉妬・・・?」

自分の発言の恥ずかしさに気付いて、趙雲の肩口に真っ赤になった顔を押し付けて劉備はたどたどしい言葉を口にする。

「・・・あの・・・さきほどの、カフェの、」

諸葛亮の聡明さを褒めた時、口をへの字にした劉備の顔を思い出した。

あの顔が自分と接している諸葛亮に対する嫉妬の気持ちだったと知った趙雲は、腕の中で己にしがみついている劉備への愛おしみが増す。

「諸葛亮殿は、いつも劉備殿のことを案じて下さっていたのです。私に、貴方の事を頼む、とまで仰って下さって」

趙雲の温もりに包まれながら宥められるように語り掛けて貰うが、完全に素直になり切れない劉備は目を伏せて言葉を濁した。

「わ、分かってはいるのだが・・・」

「では、私も白状いたしましょう」

僅かに身じろぎをして劉備に顔を上げさせると、趙雲はその頬に手を添える。

「劉備殿が早出だった朝、実は貴方の姿をお見掛けしていたのです」

こちらの顔を見上げる劉備が、驚いた表情に変わった。

「え・・・?あの時、タイミングが合わなかったのでは」

眉を下げて趙雲は首を振る。

「いいえ。入口の付近で貴方と部下の方がとても親密そうにお話されていた姿にとても驚いてしまって・・・声を掛けられなかったのです」

その話に、当日の様子を思い出すような顔をしていた劉備が、蘇った記憶に小さな声を上げた。

「あ・・・違うのだ、法正は・・・あの部下は、この店に私が好いている人物がいるのだろう、とからかって来て、それを私が誤魔化して・・・あれは人をからかうのが好きな男だから、その時も」

趙雲は劉備の艶やかな髪の毛を指先に絡めながら、頬を撫でる。

「では私は、その部下の方に対して心配をしなくて宜しいのですね?」

念を押してみると、腕の中で劉備が懸命に頷いている。

「も、勿論だ!趙雲が居てくれれば、私はそれで」

「子龍と」

「え?」

「子龍、と呼んで頂けませんか?私へ指輪を贈って下さった時のように」

頬を撫でながら目を細めて優しく見つめてくる趙雲の願いに、劉備は恥ずかしそうに小さく頷いた。

「・・・子龍、好きだ」

頬を撫でる手が止まって、趙雲が顔を寄せる。

劉備殿、と囁くような呼びかけに合わせるように目を閉じると、柔らかい口づけが訪れた。

触れ合うだけの軽い口づけを幾度か重ねると、趙雲は劉備を抱き締めなおす。

夢見心地の劉備は、目元をとろんとさせて抱き締められるがままになっている。

その様子が趙雲にはまた愛らしく映って、額や目元に口づけを落とした。

相手から施される軽やかな口づけをくすぐったそうに笑う劉備に趙雲は顔を寄せて、少し惜しいような声を出す。

「いつまでもこうして居たいのですが・・・劉備殿、夕飯まで少し横になって眠られた方が良いと思います。時間になったら起こしますから」

そう言って自分を抱えながら立ち上がろうとする相手に、劉備は慌てて首を振る。

「いや、大丈夫だ、そこまで甘える訳には・・・うわっ!?」

劉備の言葉を無視して彼を抱き上げた趙雲は、真面目な顔で口元を引き締めた。

「いけません。少しでも休まないと、また体調を崩しますよ?辛いのは劉備殿なのですから」

抱き上げられて、そのままリビングの隣の部屋に運ばれる。

そっと下ろされたのは、趙雲が使っているベッドだった。

ベッドのふんわりとした感触と間近な相手の体温に、劉備の顔が赤くなる。

「そ、そなたのベッドを借りるなど、申し訳ない!ラグの上かソファを貸してもらえれば十分だから・・・!!」

急いでベッドから降りようとする劉備を押し留めた趙雲が、相手を宥めるように抱き締めた。

「使って下さい。慣れない場所で眠りにくいかも知れませんが、ラグやソファで貴方を寝かせるのは私が嫌なのです」

趙雲の穏やかな声と温もりに、自然と目を閉じたくなる。

抱き締めてくれている彼の背中に手を回して、それじゃあ、と劉備は甘えた声を出した。

「眠るまで、こうしていて欲しい。子龍の温もりは、気持ちがいい」

気持ちが通じ合って初めて甘えてくれた劉備に、趙雲は顔を綻ばせて分かりましたと頷き、先に相手を寝かせると、自分もベッドに滑り込んで彼を抱き寄せる。

「苦しくないですか?」

腕枕をしてもらい、相手の胸元に顔を寄せた劉備はうんと返す。

「大丈夫、とても心地が良い」

「それは良かったです・・・おやすみなさい、劉備殿」

長い髪をひとつに纏めていたゴムを外した劉備は、趙雲の腕の中で嬉しそうに目を閉じた。

 

 

 

(つづく)