こんにちは!
ちょっと間を頂いての更新となりました。

趙劉、というCPは一時に比べて表記されている方が減った気がして寂しかったのですが、読んで下さる方が自分の予想以上に居て下さった事にとてもとても喜んでおります、ありがとうございます!!
あと、現パロで小説を書くのも初めてだったので不安も一杯ですが、いつも応援してくださいまして本当に感謝しかありません。
一応の予定ではあと2、3回の更新で本編は完結しそうですので、お付き合い頂ければ幸いです。

今回は年齢制限入れなくて大丈夫な仕様ですが、カップリング要素が凄いので、重たいくらいベタベタな2人は苦手・・・という方はご注意くださいませ。
長めのお話です。




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ともしびのように <コンビニ店員の趙雲とサラリーマン劉備のお話>


12.Let love lead me

 

 

 

ふっと意識が浮き上がる感覚を覚えて目を開けると、ベッドの横のカーテンは閉められ、部屋の中は随分と暗くなっていた。

サイドテーブルに置かれたオレンジ色のライトの小さな明かりが枕元を穏やかに照らし出してくれているお陰で、部屋の中は刻一刻と深くなっていく夕闇から完全に覆われずに済んでいる。

もう少しベッドの中で趙雲の香りと過ごしていたかったが、外の暗さが気になってしまい、仕方なく灯りを頼りに卓上の時計を確認すると、劉備はぐずぐすと起き上がった。

細く開けられているリビングへ繋がる扉の向こうから温かな光の筋が差し込み、美味しそうな香りと食器が触れ合うような音も聞こえてくる。

手早く髪の毛を纏めながらリビングへ行くと、カウンターキッチンで作業をしていた趙雲が劉備の姿を認めて微笑みかけた。

「目が覚めましたか、劉備殿。もう少し休んでいらしても大丈夫ですよ」

うん、と頷いて劉備は趙雲へ歩み寄る。

彼の動きに合わせて趙雲もキッチンを出ると、こちらに腕を伸ばしてきてくれる存在を柔らかく抱き締めた。

「ありがとう子龍。とても良く眠れたから、今はそなたの近くに居たい」

「ふふ・・・そのような事を言われてしまうと、夕食の準備をすっぽかしたくなってしまいます」

軽やかな口づけを交わして、趙雲はにこやかな表情で劉備を見つめる。

「宜しければ夕食を召し上がって行ってください。メニューは手抜きの鍋物ですけれども」

相手からの申し出を、劉備は満面の笑みで受け取った。

「ああ、それは嬉しい。このところ外食ばかりだったから、今日は遠慮なく戴こう」

「そう言って頂けると私も嬉しいです。米もそろそろ炊けますから、あと三十分ほどお待ちください」

もう一度触れ合うだけのキスをして、身体を離そうとした趙雲へ、劉備がそれでは足りないと目で訴えてくる。

甘さを充分に含んだ仕草に、趙雲は困った顔をして目を泳がせた。

「・・・今日は、ここまでにいたしましょう?劉備殿は、このお休みの間は、まずお身体の疲れを取りませんと」

言われてみれば確かにその通りで、気持ちが通じ合えた嬉しさに気持ちが高揚して今は元気だが、一人に戻った時にまた疲れをぶり返させてダウンしてしまっては、趙雲にもっと迷惑を掛けてしまう。

軽く眉根に皺を寄せて不満げな様子を見せた劉備だったが、趙雲の言葉に渋々頷いた。

「・・・・・分かった・・・・・でも、子龍と一緒に居たい・・・」

袖をぎゅっと掴んで甘える劉備の額へ口づけを落とすと、再度抱き締める。

「勿論、私も同じ気持ちです。貴方のお時間が許す限り、一緒に過ごしましょう」

離れがたくなった二人がリビングとキッチンの境目の辺りでベタベタしていると、コンロに掛けている土鍋の蓋がコトコトと音を立てて趙雲達へアピールしてくる。

蒸気を逃がす穴から泡が湧きだし、吹きこぼれそうになっている鍋に気付いた趙雲は慌ててキッチンへ向かった。

一度蓋を開けて吹きこぼれを回避させつつ中の様子を確認すると、彼はコンロの火を落として冷めにくいようにと再度蓋をする。

「さあ、鍋は出来ましたよ。あとは米が炊き上がるのを待つだけです」

その間に器の準備をしておこうと趙雲が食器棚へ体を向けると、劉備もカウンター超しに身を乗り出してきた。

「私も手伝おう。何を持って行けば良いだろうか?」

その申し出を笑顔で受け取ると、必要な食器を棚から取り出してカウンターに乗せてゆく。

食器を受け取りながら、劉備が何かを思い出したような声を出した。

「そう言えば。子龍に任せてしまった私の分の食材は・・・」

「冷蔵品はこちらの冷蔵庫に入れておきましたから大丈夫です。お帰りになる時に出しましょう」

機転の利いた趙雲の言動に、劉備は眉を下げる。

「何もかも甘えてしまっていて、すまない」

箸を二膳分取り出しつつ、趙雲は首を振った。

「良いのです。その時に出来る者がやっておけばいい話なのですから。気になさってはいけませんよ?」

「・・・うん、ありがとう・・・ただ、レシートは後で私に見せるようにな?」

趙雲が一番はぐらかそうとしていた部分を指摘されて、彼はちょっと困った顔を見せる。

「・・・レシートは貰っていない、というお話に・・・」

その言葉を、劉備はしっかりとした声で否定した。

「そこだけは駄目だ。そなただって余裕がある訳ではないだろう?これに関しては水臭いと思わず、当然だと思って欲しい」

ぼかしてしまいがちな部分をはっきりと口にしてくれた劉備へ、趙雲はぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます・・・お気遣い下さって・・・」

相手から箸を受け取りながら劉備は微笑んで見せた。

「なに、私自身が若い時分、必死に切り詰めていたのを思い出してしまっただけのこと。若者はそういった部分まで頑張りすぎなくて良いのだから」

そう言った後で、ああでも、と彼は言葉を続ける。

「こんな事を話して格好つけても、ベッドを占領したり夕食まで戴いていては、説得力に欠けるな・・・ははは」

笑いながらリビングへ向かおうとした劉備の手首を、趙雲がカウンター越しに捕らえた。

「とんでもない。私が、貴方にそう過ごして頂きたいのです」

そのまま引き寄せると、彼はカウンターから身を乗り出して劉備の鼻先へキスを落とす。

「時間が許せる限りは、二人きりで居たいと願っておりますので」

ぱっと劉備の顔に朱が差した。

「し、子龍は、口説き文句がずるいな」

「?そうでしょうか、私は貴方へお伝えしたいことを口にしているだけですが・・・」

趙雲本人にその容姿とあいまった言葉の破壊力に全く自覚がない様子に、劉備は彼の天然さに気付いて肩を竦める。

「うん、ありがとう。そんな子龍だから、きっと好きになったのだろうな、私は」

にっこりと微笑むと、今度は趙雲が耳を赤くして劉備の手首を慌てて離した。

その拍子に、彼の手元に置いてあったおたまが手に当たり、派手な音を立てて床に落ちる。

あわあわしながらしゃがみこんだ趙雲を劉備は可笑しげに笑って、リビングのテーブルを整えに向かった。

 

無事に米も炊け、趙雲が準備万端なテーブルの上に置かれた鍋の蓋を開けると、劉備から明るい声が上がる。

「なんと、手抜きどころか豪華な鍋ではないか!」

今のいままで中身を教えてくれなかった趙雲へ嬉しそうな顔を向けると、相手もこちらの喜び方に満足したような表情で取り分け用の器を手にしていた。

「今日は魚介鍋にしてみました。たくさん召し上がってくださいね?」

具材をバランス良く取り分けそれぞれの前に置くと、趙雲は忘れものをしたと席を立つ。

「ビールと日本酒があるのですが、召し上がりますか?」

思いもよらないその言葉に、シャツの第一ボタンを外しながら劉備は目を丸くした。

「子龍は、酒を飲むのか?」

意外でしたか?とキッチンへ向かった彼はちょっと笑う。

「独りの時はあまり飲まないのですが、時折ビール程度は口にしたくなる時があるのです。日本酒は自分では買わないのですけれども、先日、店のスタッフから旅行の土産にと貰っていたものがたまたまありまして・・・」

そう言って趙雲が冷蔵庫から取り出したのは、小ぶりのビール缶と300mlサイズの小さな日本酒の瓶。

それぞれを左右の手に持ち、劉備に向かって選んでもらうように軽く振ってみると、相手はちょっと首を傾げて日本酒を、と人差し指でついと示した。

棚の奥から見つけてきたお猪口をふたつ並べて、そこへ趙雲の手で酒が満たされてゆく。

「実は貰ったものの、どうしようか困っていたのです。料理にでも使ってしまおうかとも考えたのですが、こうしてご一緒していただけるのでしたら持っていた甲斐がありました」

透明な液体に満たされたお猪口を手にして、劉備は微笑む。

「そう言ってもらえると嬉しいな。私も独りではあまり飲まないが、二人で鍋を食べながら頂く酒は別格だ」

「ありがとうございます。ほんの味見程度の量ですが、召し上がってみてください」

小さく乾杯の言葉を交わして、お猪口同士をかちりと合わせた。

すっとお猪口の半分ほど空けた劉備が、これは良いと目を細める。

「すっきりとして飲みやすい、間違いのない品を頂いた」

趙雲も一口飲んでみると、冷酒ならではのひんやりとした喉越しの後、ふわっとアルコール特有の温みが喉の奥から生まれてきた。

癖のない酒ですね、と自分なりの感想を口にすると、劉備は頷いて箸を手にする。

「癖がない酒だからこそ、ゆっくり飲んだ方がいい。飲み慣れていないとペースが分からず、一気に体内へアルコールを入れてしまう怖さもあるから。さあ、ではお待ちかねの子龍が作ってくれた鍋を頂こう」

「お口に合えば嬉しいのですが・・・」

嬉々として器に盛った料理を食べ始めた劉備に倣い、趙雲も己の味付けがちゃんと出来ているかと僅かな心配を胸中に抱えながら、柔らかそうに煮えた白菜へ箸を伸ばした。

 

ゆっくりと鍋と酒を楽しみ、締めの雑炊まで食べ終えた頃には、劉備の身体は程良くアルコールが回り、顔は赤みを帯びている。

「ご馳走様。とても美味しい鍋だった」

とろんとした目つきで嬉しそうにそう言ってくれる劉備へ、片付けを始めようと腰を浮かせた趙雲も笑みで返した。

「こちらこそ、綺麗に食べて下さってありがとうございます。いま、冷たいお茶をお持ちしますね」

自分だけで片付けようとすると、劉備もこちらの動きに合わせてテーブルの上の食器をまとめ始める。

「劉備殿、私がやりますのでそのままで構いませんよ」

趙雲の言葉に、手を動かしながら劉備は首を振った。

「いや、食事の用意は子龍が全てやってくれたのだから、片付けくらいは手伝わせて欲しい」

でも、と趙雲は言いかけたが、きっと相手は自分の傍らに居たいと思ってくれているのかも知れない、と今までの言葉のやり取りから察する。

多分己が逆の立場でも同じことをするだろうな、と思い至った彼は、素直に感謝の言葉を口にした。

「ありがとうございます。では私が洗うので、劉備殿は食器を拭いて下さいますか?」

勿論だ、と劉備は張り切った声を出してシャツの袖を捲る。

その腕の内側が思っていた以上に白く、酒の影響でほの赤く色づいている様子に気付いた趙雲はどきりと胸を鳴らし、慌てて目を逸らした。

ほぼ毎日行っている作業なのに、今夜は不思議と億劫に感じないのは、きっと隣で食器を拭いてくれている存在のお陰なのだろう。

こんな些細な事でも前向きな気持ちにさせてしまう、恋愛という感情は凄いものだ、と趙雲は感心しながら洗った食器を水切り棚へ乗せてゆく。

手際よく作業を進める彼の手元に目を留めた劉備が、ふっと小さく笑った。

「劉備殿?」

密やかな笑い声に気付いた趙雲が相手を見れば、劉備は何でもないと言いつつまだ笑みを残している。

「いや、その指輪を一緒に見に行った時には、自分がこんな風に子龍の部屋に上がり込む、などと想像もしていなかったな、と思って」

「それは私も同じ気持ちです・・・でも、劉備殿にとっては予想外の結果でしたか?」

食器を拭く手を止めて、劉備は視線を泳がせた。

「ううん・・・予想外、というよりも・・・予想以上、かな。片思いで終わる気持ちだと何処かで諦めていたから」

洗い物を終えて水道の蛇口を閉めた趙雲が、相手の言葉に驚いてそのままの姿で隣へ目を遣る。

「か、片思い、ですか・・・!?」

拭き終わった皿を重ねて、恥ずかしそうに劉備は俯いた。

「前にも言ったと思うが、店で様々な客に声を掛けられているそなたを見ていたのだ、そう思うのは当然ではないか」

「いえ、でも、他のお客様から何かを頂くことは決して致しませんでしたし、そんなにしょっちゅう声を掛けられることも無かったかと思うのですが・・・」

劉備は肩を竦めて水切り棚に乗せられた茶碗へ手を伸ばす。

「短時間で買い物を済ませる客の目線では、そこまで分からぬ。品物の話は、食事をしたときに初めて聞いて驚いたのだ。なぜ子龍は、あの時の肉まんを貰ってくれたのか、とな」

―――いつもお疲れ様。休憩時間にでも食べて下さい。

趙雲は、コンビニの小さな袋を差し出して、こちらに笑い掛けてくれた劉備の姿を思い浮かべる。

「私にも、分からないのです。でも、お断りする気持ちは全く生まれなくて・・・・・ああ、そうか」

濡れた手を拭きながら何か思いついたような声を上げた趙雲を、劉備は不思議そうに見上げた。

そんな彼に趙雲は顔を向けると、柔らかく微笑む。

「あの時から、私は完全に貴方へ恋をしたのでしょうね、きっと」

あまりに綺麗な笑みでそう告げられてしまった劉備は、返す言葉も思いつかずに茶碗を手にしたまま、顔を真っ赤にして固まった。

「だから、劉備殿が私へこんな幸せな状況を作って下さったのですよ。もっと貴方自身の魅力に胸を張って下さい」

指先で劉備の赤くなっている頬を優しく撫でると、彼の肩が小さく跳ね、食器を拭く作業を慌てて再開させる。

「う、うむ・・・」

恥ずかしがる可憐な様子を前に、このまま相手を持っている食器ごと抱き締めてしまいたくなるが、今の空気でそれをしたら己の自制が効かなくなると分かっている趙雲はそっと指先を離して、拭いてもらった食器を片付け始めた。

いつもよりも早く終わった片付けに趙雲は劉備へ礼を告げて、リビングへ戻ると酔い醒ましの冷茶を渡す。

「まだ少し赤みが残っていますね・・・無理に飲ませてしまったでしょうか?」

ソファに座り心配そうな声を出した趙雲へ、隣にいる劉備はゆるりと首を振った。

「そんなことは無い。体質なのか、酒を飲むと赤くなりやすいようでな、もう暫くすれば落ち着くから大丈夫・・・」

そこまで言うと、そっと欠伸を噛み殺した劉備の様子に趙雲が気付く。

「今日も疲れさせてしまいましたね。横になりますか?」

穏やかな声で休憩を勧めて貰うが、劉備は頷かない。

「いや、今寝てしまうと電車の時間もあるし・・・」

昼間のように相手の腕の中で一晩過ごしたい、という気持ちはあるが、そこまで甘えてしまうのも気が引けた。

頑張って遠慮の言葉を口にしたのに、相手は意外そうな顔をしている。

「・・・帰ってしまわれるのですか?てっきり、今日は泊まって行かれるものだと」

「っ、いや、流石にそこまで甘えるのは!」

さんざん馳走になったし、着替えも無いし、と急いで理由付けを探し始めると、趙雲はにこにこしながら劉備の手を取った。

「パジャマは、私のもので宜しければ用意いたします。それに、貴方に甘えて欲しいと頼んだのは私の方ですよ?」

相手の厚意はとても嬉しいが、別の問題から劉備は顔を赤くして目を泳がせている。

「ええと・・・そ、そうなのだが・・・そうじゃなくて・・・」

恋人関係の大人同士で夜を過ごす、となればもっと触れたくなるものだ。

趙雲は先程触れる程度のキスだけで留めておこうと気を遣ってくれたけれども、それでは自分より若い彼に我慢させているようで、申し訳ない気持ちになる。

酷く言いにくそうな劉備の口ぶりに、趙雲は嗚呼、と微笑んだ。

「私が言い出したことです、今夜はちゃんと寝ましょう。もし気掛かりでしたら、私は別の所で休みますので」

「・・・それでは・・・私のせいで子龍にばかり、我慢させている気がして・・・」

聞き分けの良過ぎる相手の言葉に劉備が苦しそうな顔をすると、趙雲が包み込むように抱き締める。

「そのようなお顔はしないで下さい。今夜はどのような形であれ、一緒に居たいのです」

「子龍・・・」

相手の背に腕を回して胸元に顔をうずめると、趙雲の口元が劉備の耳へ自然と近づいた、その時。

「次に夜を過ごせる時は、一緒に夜更かしをしましょう。玄徳殿?」

耳朶に浸み込んで来た低く、甘い囁き声に、劉備の身体が小さく跳ねた。

うん、と腕の中で小さく返事をした劉備を、趙雲は抱き締め直す腕に力を籠める。

いつも落ち着いて冷静な趙雲が見せた熱情の一端が先程の声音に含まれている事に気付き、劉備は暫く顔を上げることが出来なかった。

 

趙雲の勧めもあって劉備は先に風呂へ入らせてもらい、貸してもらったパジャマに袖を通し、濡れ髪をタオルで拭きながらリビングへ戻ってくると、相手がお帰りなさい、と笑顔で迎えてくれる。

その言葉が嬉しくて、ただいまと濡れ髪のまま趙雲に抱き付くと、彼が一瞬息をのんだ様子に気付いた。

「?子龍、どうしたのだ」

顔を上げると、相手は目元を僅かに赤くして戸惑ったような表情をしている。

趙雲からすれば劉備が髪を下ろしている姿は初めて見るし、自分が出してきたパジャマは相手の体系よりもサイズが大きかったらしく胸元が思った以上に開いているし、長めの袖口やズボンの裾を折り上げて着ている様がなんとも愛らしくて目のやり場に困るばかりなのだ。

「・・・・・・かわいい、です」

思わず呟いてしまった本音を、相手は首を傾げて何のことだと聞き返してくる

「私が風呂に入っている間に、何かあったのか?」

「あ、いえ!何でもありません!!それよりも髪の毛を乾かしましょうっ」

急いで話題を変え、不思議そうな顔をしたままの劉備をソファに座らせると、趙雲はドライヤーを持ってきてスイッチを入れた。

ソファの背もたれを挟んで、そこに座っている劉備の後ろで膝立ちになり、ドライヤーの風を当てながら彼の髪を手で梳きつつ乾かしてゆく。

指通りの良い真っすぐで艶やかな黒髪に、趙雲は見惚れる。

「・・・美しい髪ですね」

「うん?」

ドライヤーの音でこちらの声が聞こえなかったらしい劉備が振り返ったが、趙雲は笑みを見せて何でもないと仕草で伝え、乾かす作業を続けた。

丁寧に乾かしてもらい、仕上げに冷風までかけて貰った劉備は笑顔で趙雲にありがとうと伝える。

「子龍はなんでも器用にしてくれるのだな。とても心地が良かった」

「ふふ、ありがとうございます。劉備殿の髪は触り心地が良くて、乾かし甲斐がありますから」

相手からの賛辞に、劉備は照れ臭そうに自分の髪を触って小首を傾げた。

「そうかな?では次があったら、また子龍に乾かして貰おうかな」

「ええ、是非」

ドライヤーを片付けようとする趙雲を、ソファの背もたれに頬杖をついて眺めていた劉備がおやと呼び止める。

「ドライヤー、そなたも使わないのか?」

「ああ、私はタオルドライで済ませることが多いのです。ドライヤーでは時間が掛かるし、暑いので」

要は自然乾燥、ということらしい。

多少毛量を透いているとは言え、腰辺りまでの長い髪を濡れたままにしておくのは髪が痛むし、気温が下がってきた今の時期は心配だ。

劉備は立ち上がり、趙雲が手にしている品に触れる。

「子龍、では今日は私が乾かそう。ドライヤーはそのままで」

「え、ですが・・・」

「今ほどのお返しだ。さあ今度は子龍の番だぞ?」

ドライヤーを受け取ると劉備は趙雲を風呂へと追い立て、ソファに戻って相手が用意してくれていたミネラルウォーターが注がれているグラスへ手を伸ばした。

どちらも独りの時は己の扱いがぞんざいになるのだな、と趙雲の洗いざらしの髪の話を思い出して小さく笑う。

本当は自分だって、毎日丁寧に乾かすようなことはしない。

昨日までの連日の激務の時に至っては風呂に入るだけでも精一杯で、ドライヤーの存在すら忘れ、タオルで水気を拭き取ったらそのままベッドに潜り込んでいたのだ。

寝癖がついたとしても、髪を纏めてしまえば誤魔化せる。

そんな事を告白したら趙雲の心配をまた増やしてしまうから口には出せないが、こうして好きなひとから髪の毛を乾かしてもらう、という行為だけでもこんなに癒されるものかと劉備はつくづく感じ入って、穏やかな息をついた。

一人のうちにとジャケットに入れっぱなしだったスマートフォンを取り出し、ニュース関連を簡単に浚っていると、風呂から上がって来た趙雲が劉備の背後から手を伸ばした。

「戻りました」

腕を回して後ろから抱き締めると、振り返ろうとした劉備の頬へ口づけを落とす。

先程よりも体温が高い相手の抱擁に胸を鳴らしながら、間近で微笑む趙雲の鼻先を人差し指で軽くつついた。

「おかえり。さあ乾かしてしまおう、こちらへ」

趙雲の手を引いて自分へ背を向けるようにソファへ座らせると、劉備は用意してもらったブラシを相手の髪に添える。

改めて彼の髪の長さに驚きつつ、自分よりもしっかりした髪質を確かめながらブラシを通し、ドライヤーの電源を入れた。

頭から毛先に向かって手を使いながら風を当てる劉備の優しい手つきを、趙雲は目を閉じてその感触に身を委ねている。

時折背後の相手からの熱くないかとの気遣いに、頭を動かさないようにしながら大丈夫です、と答えるやり取りを数回繰り返した後、ドライヤーの音が止まった。

「子龍の髪は綺麗だな。真っすぐで、素直な髪だ」

自分の事のように嬉しげな声を出してこちらの髪を撫でる劉備に、趙雲は素直に礼を告げて身体ごと振り返る。

「劉備殿が丁寧に乾かしてくださったおかげです。貴方にこのような事をして頂けるとは、本当に幸せです」

髪を下ろした趙雲を改めて真正面から見た劉備は、艶の増した相手の様子にどぎまぎしてしまって目を合わせられない。

趙雲が不思議に思って両の手を取って顔を覗き込んでも劉備の動揺は収まらないようで、その姿に自分が風呂上がりの彼を見た時の忙しない胸中を思い出した。

「この姿は、見慣れませんか?」

ゆっくりとした口調で問うてみると、劉備はちらりと趙雲を眺めて小声でああ、と答える。

「その、どうしてか気恥ずかしくて・・・」

「では結びましょうか?」

結いゴムを取りに行こうと腰を上げかけると、相手が慌ててその動きを制した。

「い、いや!そのままが、良い」

そう言いながらもやはり真っ直ぐに目を合わせてくれない劉備を、趙雲は困ったように笑って相手を抱き寄せる。

「そうしましたら、見えないように致しましょう」

距離が近づけば全体は分からなくなる、と腕の中の劉備へ語ると、彼はやっとこちらの顔を見つめて笑ってくれた。

「なるほど、子龍は面白い事を言う」

「ふふ、そして劉備殿を間近で拝見できて私も嬉しい、という一石二鳥です」

こちらの顔に掛かった髪の毛を指で整えながらそう言う趙雲に身体を預けて、劉備は笑みを浮かべたまま目を閉じる。

「ありがとう。今日はぜんぶ、子龍に甘えてしまったな」

「今日だけではなく、これからも存分に甘えて下さい。貴方の笑顔が拝見できるのでしたら、何でも致します」

その言葉に、胸元から劉備が趙雲の顔を見上げた。

「私が笑えば、そなたの笑顔も見られるのだろうか?」

相手の髪を手で梳きながら、趙雲は勿論と頷く。

「貴方の幸せが私のしあわせ、ですから」

趙雲の返事に、劉備は嬉しそうな顔をした後、目元に僅かな凛々しさを備えて相手の頬をそっと撫でた。

「では、私も頑張らないと。子龍の笑顔を見ていられるように」

「いいのです、劉備殿はそのままでいて下さるだけで」

大きな愛情が滲む趙雲の言葉に、劉備の胸に抑えきれない熱情が膨らむ。

「そなたは優しいな。・・・だから、少し悪戯をしてみたくなる」

劉備の最後の一言を頭の中で理解する前に、相手の両の手で顔を挟まれ、唇が塞がれた。

誘われるように繰り返される軽い口づけに、趙雲の自制が大きくぐらつく。

それでも趙雲が堪えて深まることの無い口づけのあと、お互いの息が掛かる距離から劉備が掠れた声で呼びかけて来た。

「しりゅう・・・」

「いけません、劉備殿」

頑なな言葉を口にする趙雲だが、彼の声音も自然と熱を含んでいる。

「では、次にいつ逢える?」

目を潤ませて問いかけてくる劉備の身体を支える趙雲の手に、僅かな力が入った。

「それは・・・予定を、確認しませんと」

「ほら。そんなに簡単に連休が取れる仕事ではないのだろう?」

型通りの返事を耳にした劉備はクスクスと笑いながら小首を傾げる。

「私は優等生ではなくてな。決まりごとと聞くと破りたくなってしまうのだ」

だから、と固まっている趙雲の耳元へ唇を寄せた。

「今夜は『夜更かし』をしたい。子龍に触れて貰いたいというのが、いまの私の一番の望みだから」

「・・・しかし・・・加減が、出来ないかも知れません・・・」

胸元に添えた手から、相手の拍動が伝わってくる。

「子龍」

迷いの残る相手を促すように呼び掛けて、劉備は彼の眼を見つめた。

「玄徳、と」

「りゅう・・・」

「玄徳と呼んでくれるのだろう?」

少し目を伏せて、それから劉備を見つめた趙雲の瞳には、何かを決めたような熱が籠っている。

「玄徳殿」

劉備の片頬に手を添えて顔を寄せた趙雲は落ち着いた声で囁いた。

「玄徳殿、好きです」

返事をする前に塞がれた唇は、今までと全く違う熱さと深さで重なって行く。

うわ言のように自分の名を呼ぶ相手の艶めいた姿を趙雲は愛おしげに見つめ、伸ばされた指を絡め取ると、玄徳殿、と甘い声で呼び掛けてその内肘へ唇を寄せて情愛の印をつけた。

 

―――明日は二人で寝坊して、二度寝して、ブランチを食べましょう。

 

約束を破らせた相手から、眠りに落ちる直前にそう囁かれて。

うん、と寝息に近い返事しか出来なかったが、手で優しく髪を梳いてくれた彼の動作から、ちゃんと聞こえましたよ、という了承の意味だと劉備は理解して、温かい腕の中で嬉しそうに微笑みながら、穏やかな眠りにつく。

そんな劉備を見つめていた趙雲も幸せそうに目を細め、サイドテーブルに置かれた時計の表示面を机に伏せると、二人を柔らかく照らしていた灯りのスイッチを落とした。

 

 

 

(つづく)