こんにちは。
細々と更新しております。
今回もぶれずに仲が良い二人です。

予定としましては、次回の更新でエンドロールとなりそうです。
長らく覗きに来てくださっている皆様、いつもありがとうございます。
もう少しお付き合い頂けましたら幸いです!


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ともしびのように <コンビニ店員の趙雲とサラリーマン劉備のお話>


13.ただひとつの心で

 

 

 

バックヤードに戻ってくると同時に、大きなため息が口をついて出た。

その姿を、パソコンから離れて遅めの昼食を取っていた諸葛亮が笑う。

「どうしたのですか趙雲殿、なにやら疲れ切ったようなため息をついて」

缶コーヒーをテーブルの上に置いて、趙雲は困り切った顔を諸葛亮へ向けた。

「最近、スタッフ達にからかわれているようなのですが、私の気のせいでしょうか・・・」

今ほどだってそうだ。

昼の忙しさが落ち着いて一度は裏に入ったのに、鮑三娘からカウンターヘルプの声が掛かったので出てみると客は一人きり。

しかも呼んだ当人は平然とした顔で昼の時間に物色されつくした冷蔵棚の整理をしている。

なぜ声を掛けたのかと訝し気に思いながらカウンターに立つと、そこに居たのは自分の想い人だ。

お疲れ様、とあの笑顔を向けられては敵わない、自然と顔が緩んで劉備殿こそ、と返してしまう。

会計をしながら当たり障りのない会話を二言三言交わして相手を見送ると、鮑三娘の視線に気付いた。

片眉を上げて何だと問うと、彼女はキラキラと目を輝かせて良かったですね、と明るい声を上げる。

「今日も来てくれましたね~!あーもう、メッチャ羨ましいんですけどぉ!!」

「・・・あのな・・・」

「良いじゃないですかぁ、みんな知ってる事ですし・・・あっ、後の作業は一人でやるんで、マネージャーは裏で休んででもらってオッケーでーす」

あっけらかんとそう告げられ、趙雲は反論する事も出来ずにバックヤードへ引き下がって来たのだ。

「私自身が皆へ話をした覚えは無いのですが・・・先日は張苞にも同じ事をされて、これは一体・・・」

眉間に皺を寄せて困り切った声を出すと、噛み殺すような笑い声が聞こえてくる。

趙雲が諸葛亮へ目を向けると、相手は口元に手を当てて大笑いしたいところを必死に我慢していた。

「わざわざ口に出さずとも、お二人の様子を拝見していれば分かりますよ。皆、貴方が幸せそうになさっているのを喜んでいるのです」

仕事中は諸葛亮が言うような浮かれた空気を出しているつもりは無い。

自分はいつも通り、今まで通りに仕事をしていると趙雲は思っていた。

それがなぜ、スタッフ中に劉備との仲が知れ渡っているのかが全く理解できない。

「気持ちは嬉しいのですが・・・私事でこんなに囃し立てられるのは、どうも・・・」

前髪を掻き上げて困惑している趙雲へ、諸葛亮は微笑みかけながら肩を竦めて見せた。

「もう暫くすれば落ち着くでしょう。彼らの中で珍しい事が起こっているのです、付き合ってあげるのも悪くないのでは?周りから妬まれず素直に喜んでもらえる、というのは趙雲殿の日ごろの行いの良さが証明されているのですから」

缶コーヒーの蓋を開けて趙雲は首を傾げる。

「そういうものでしょうか・・・」

食べかけのサンドイッチを持ち直し、諸葛亮は朗らかに頷いた。

「ええ。店自体には迷惑は掛けていないので大丈夫でしょう。私としても安心致しましたし・・・いつだったかの関平の話を聞いた時には、どうなる事かと思いましたが」

その言葉を耳にした相手が、飲みかけたコーヒーを気管に入れてしまったらしく咳き込む。

これは、と諸葛亮が急いで席を立ち、相手の背中へ手を置いた。

「驚かせてしまったでしょうか?申し訳ありません」

けほけほと咳を残しつつ、涙目で趙雲は諸葛亮を見上げる。

「・・・っ、その話・・・皆にも伝わっているのですか・・・!?」

「恐らく。趙雲殿があれだけの不調を見せることなど無かったのですから、皆心配からこの話を口にしたのでしょう・・・もちろん、その原因は誰も知りませんけれども」

私以外は、と付け加えた相手に、趙雲は苦笑いを浮かべた。

「情けない話です、早く忘れて頂けると有難いのですが」

「いいえ、私も勿体ぶって趙雲殿へお話しなかったのがいけなかったのです。以前、劉備殿の事でご心配をお掛けするかも、と申したのはああいった事でして」

諸葛亮に言わせると、劉備は人を引き付ける才能に長けた人物なのだという。

「趙雲殿が一番ご存知でしょう?あの方の人を引き寄せる引力のような魅力を。大徳工業で働く方々や、その協力企業の皆様の結束は、劉備殿のその魅力に惹かれて成り立っている、といっても過言ではありません・・・ただ、」

その力が、他人に勘違いを起こさせる場合があるのだと彼はため息をついた。

「劉備殿は、ご自身でその力を実感なさっていない。ですから時に思いもよらない場面で他人に言い寄られる時がありまして。会社の中では私の盟友が数人、あの方を見守ってくれておりますので大事無いのですが、プライベートで劉備殿を護って下さる方が今までおらず、ひとまず昔からの付き合いで私が請け負っていたのですよ」

諸葛亮が以前話していた懸念の理由を教えて貰った趙雲は、顎に手を当てて小さく頷く。

「何となくですが、分かりました。ですが、その・・・あの日、劉備殿は部下の方にからかわれただけだと後で仰っていたのです。しかしお相手の方の距離が部下とは思えない距離感だったので、理由を聞くまでは信じられなくて・・・部下の方々は、皆あのように劉備殿と距離が近いものなのですか?」

事の詳細まで聞いたことの無かった諸葛亮は、趙雲の話に軽く眉根を寄せた。

「その部下の方のお名前は聞かれましたか?」

天井の蛍光灯を眺めながら、趙雲は記憶を辿る。

「ええと・・・・・たしか、ほう・・・ほうせい、だったような」

相手の口から出た名前に、諸葛亮の片眉が跳ねあがった。

「法正殿ですか。少々悪戯が過ぎますね」

相手の冷ややかな声に、趙雲は驚いて瞬きを繰り返す。

「ご存知なのですか?」

「はい。私も一時はあの会社に所属しておりましたので」

思わぬタイミングで諸葛亮の過去の一端を知った趙雲は言葉を無くした。

そんな相手に構わず、諸葛亮は話を続ける。

「先程の劉備殿についての心配事があったので、少し外からあの会社を俯瞰的に眺めてみようと、劉備殿に頼んで出させてもらったのですよ・・・さて法正殿の話に戻りましょうか。劉備殿のお話した事は真実です。法正殿はあの方の人柄に入れ込んではいますが、きちんと部下としての立場を弁えていらっしゃる。趙雲殿と殿の関係を知れば聡い方です、なおさら試すようなことは致しませんでしょう。ご安心ください」

諸葛亮のお墨付きを貰って、趙雲はホッと安心した表情を見せた。

「そうでしたか・・・詳しく教えてくださって、ありがとうございます」

「疑念が払拭されたのでしたら幸いです。私でお話しできる事でしたら何時でもお答えしましょう。ああ、でももし、法正殿がまた趙雲殿たちのお心を乱すような事をしたら、私に教えてくださいね」

彼には以前、色々と世話になったから、と諸葛亮はニッコリと笑うが目は笑っていない。

その笑顔に何があったのかと訊ねる勇気は無く、趙雲は笑い返して頷くことしか出来なかった。

 

夕方に勤務を終え、趙雲は待ち合わせのカフェへ向かう。

お互いの時間が合う時にはこうして待ち合わせをして、一緒に電車に乗って帰る、という生活になりつつあった。

次の日がどちらも仕事だったら趙雲が劉備を家まで送り、どちらかが翌日休みの時には仕事に行く方の家へ一緒に帰って夜を過ごす。

趙雲の、この行動の変化が店のスタッフ達に劉備の存在を知らせていた一因なのだが、本人は全く気が付いていない。

ある時からマネージャーが自転車で通勤する頻度が少なくなった、と鮑三娘が言い出した時に、キーボードを叩く諸葛亮はそっと苦笑いを零して、女の勘の鋭さに舌を巻いていたことも知らない。

顔馴染みになったカフェの店員にいつもの窓辺の席へ案内してもらうと、彼はスマートフォンを鞄から取り出した。

相手から送られてきた、残業の予定は無い、とのメッセージを確認して了解の返信を打つと、コーヒーを注文する。

己が働く店から近い駅周辺の店では、どうしてもスタッフの誰かに見つかる確率が高くなってしまう。

だが、このカフェはそこから一駅離れているので、二人で待ち合わせをするには丁度良い場所になっていた。

コーヒーを傍らに、週末の天気予報から店の混雑具合を予測したり、ニュースの画面を開いて時世の話題を流し読みしていると、来店を告げる鈴の音と共にこちらに歩み寄る足音が聞こえてくる。

「子龍、待たせただろうか」

昼間に交わした声よりも柔らかい響きで呼びかけてくれる劉備へ顔を向け、趙雲は笑顔を見せた。

「今週もお疲れ様でした、劉備殿」

コートを店員に預けながらコーヒーを頼んだ劉備はやれやれと頬杖をつく。

「ありがとう、やっと一週間が終わった・・・でも子龍は週末は仕事だったかな?」

「ええ、土日とも仕事です。どちらも午後からなのでゆっくり出来ますけれども」

そうか、と劉備の口ぶりは平静を装っているが、どうしても寂しさが滲み出てしまっている。

「不定期な休みは、大変だな・・・一日でも固定された休みがあれば楽だろうに」

心配と寂しさが混じった声に、趙雲は眉を下げてテーブルに置かれた劉備の手へ、己の指先を乗せた。

「今月はスタッフ達の都合が色々とあって、私が肩代わりしてしまう事が多かったのです。来月はもう少し落ち着くと思うのですが・・・上の方からも、スタッフの増員の話は前向きな答えが貰えましたし、この話が上手くいけばもう少し余裕が出来るかもしれません」

趙雲から伝えられた新しい情報に、頬杖を外した劉備の目が、期待で輝く。

「ああ、孔明と一緒に提案しに行ったという話か!上手く運ぶと良いな」

テーブルの上で緩やかにお互いの指先を繋いで、趙雲は微笑んだ。

「そうですね。来週中には答えが出るそうなので、期待して待っているところです」

劉備が頼んだコーヒーが運ばれてくる気配を感じて、繋いだ指をさり気無く離す。

彼の為にシュガーポットを手に取りながら、趙雲は思い出したような声を出した。

「嗚呼、忘れないうちに」

劉備がコーヒへ砂糖をミルクを入れながら、その言葉に首を傾げる。

手元の鞄を開けて何やら探す相手の様子を眺めていると、趙雲から差し出されたのは見たことのある小さな小さな紙袋。

その紙袋に印刷されている店名を見て、劉備は小さく驚きの声を上げた。

「子龍、これは・・・」

劉備へ品を手に取って欲しいと仕草で進めながら、趙雲ははにかんだ笑みを見せる。

「もう少し落ち着いてから渡そうとも思ったのですが、タイミングが分からなくて。宜しければ見ていただけませんか?」

戸惑いながらも明らかにアクセサリー類が入っているであろう紙袋を受け取ると、劉備はその場でラッピングを解いてゆく。

手の平に載る程の黒のベルベット張りの小箱を開くと、相手の再度驚く声が、反応を待っていた趙雲の耳に届いた。

「なんと愛らしい品だ。ピンバッジ、だろうか?」

劉備が小箱から取り出したのは、直径2センチにも満たないサイズの、シルバー製のピンバッジ。

小ぶりなサイズの中に、五枚の花弁の小花が3輪、身を寄せ合うようにデザインされており、それぞれの花の中央には青い透明な石がはめ込まれ、清楚な輝きを放っている。

指先に取ってじっくりと品を見つめる相手に、趙雲は話しかけた。

「以前、ネクタイピンを落としたというお話を耳にしましたので、代わりになるものをと探してみたのです」

品物から目を上げて、劉備は目を丸くする。

「あの時の話を・・・憶えていてくれたのか?」

趙雲は頷くが、どこか物怖じしているような様子で話を続けた。

「ええ・・・でもタイピンでしっくり来るものが見つからず、店に相談してみましたら、小さめのピンバッジでもタイピンとして使えると教えて貰いまして。こちらを見た時、タイピンとしても、スーツの襟に付けても劉備殿に似合いそうな品だと思ったのです。指輪のお礼を今の今まで出来なかったものですから、宜しければ使って下さい」

花のデザインだが、サイズや全体の様子は落ち着いた雰囲気で劉備でも使いやすそうである。

今のスーツではタイピンが付いている状態なので、彼はそのピンバッジをスーツの左襟へ付けた。

相手に見て貰うように向き直ると、趙雲は目を細めて嬉しそうに頷く。

「とても良くお似合いです。良かった・・・」

その喜びように劉備の顔にも喜びが広がるが、小さな懸念も生まれていた。

「子龍・・・とても嬉しいのだが・・・これは宝石、ではないのか?こんな良いものを貰ってしまっても、大丈夫なのか??」

劉備からの問いに、趙雲は軽く首を振って心配ないと身振りで告げる。

「確かに宝石ですが、人工宝石だそうです。確かブルーダイヤ、という石で、花はブルースターという花を模していると聞きました。私が貴方に贈りたい、と決めた品ですから、ご心配なさらず身に付けて下さい」

己の襟に付けたピンバッジを改めて見つめる。

「・・・ええと・・・ブルー、ダイヤ・・・?」

「はい」

「・・・ブルー、スター・・・??」

「そうです」

何かのキーワードで目にした事があるような、と劉備が記憶の引き出し達を手当たり次第に急いで開けていると、趙雲がそっと顔を寄せて小声で囁いた。

「箱の中に、まだ何か入っていませんか?」

そう促されて小箱を確かめてみると、蓋の裏側に小さなカードが添えられている。

カードを手にすると紙面に書かれたサムシングブルー、という言葉が目に飛び込んできて、劉備の頬がみるみる熱くなった。

贈られた品物の意図を理解してくれたらしい相手の反応に、趙雲はテーブルの上で手を組んで微笑みかける。

「私の気持ちです。ずっと、付けていて下さいませんか?」

目の前の彼がスーツを着ている時間は、お互いの温もりが離れてしまう時間でもある。

そんな時間帯でも自分が劉備から贈って貰った指輪で相手の存在を傍らに感じられているように、彼にもこの青い光を湛える花達から己のような同じ気持ちを持って貰いたかった。

趙雲の想いを短い言葉から汲み取った劉備は、ふわりと笑みを零す。

「ありがとう。大切にする・・・仕事の日でも、休みの日でも、常に身に付けていよう」

こんなにも素敵なお守りだから、と白い歯を見せる劉備は可憐で、趙雲の胸は彼への愛おしさで満たされてゆく。

相手が手にしているカードの裏面の言葉は、この場で気付いて貰うことは難しそうだ。

だから、趙雲は二人で家に帰った時にそれを見せて、改めて相手に伝えようと決める。

ブルースターの花言葉のように、貴方と共に生きていきたい、と。

信じあう心を育み、幸福な愛情を分け合い、笑顔で過ごせる二人でありたいと願う。

趙雲のそんな決意を後押しするように、笑う劉備の襟元で揺れる小さな花々が、澄んだ蒼光をきらりと輝かせた。

 

 

 

(つづく)