こんばんは!
そしてこちらでは2019年の初めて更新となります、あと一週間ほどで1月おわりますが・・・
こんな感じで変わらずマイペースにやって行こうと思いますが、本年も宜しくお願いいたします!!
2018年は本当に沢山の方から応援して頂いたので、お礼も兼ねて更新を続けられるように努力していきます。

さて、今回も趙雲と劉備のお話。
ゆるっとした雰囲気になりました・・・作文久しぶりなので、リハビリ感覚だと思って頂けましたら有難く思います!!


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黒金(くろがね)の記憶

 

 

 

驚かせるつもりで相手の部屋にやって来たというのに、肝心の当人は不在だった。

主の居ない部屋はやけにがらんとしていて、劉備はその場の空気に期待していたものとは違う居心地の悪さを感じ、一度そこから退出する。

手持無沙汰な状態で廊下に出ると、たまたま近くを通りかかった兵士が劉備の姿を認め、慌てて拱手の形を取った。

そんな相手に劉備は丁度良いと歩み寄り声を掛ける。

「趙雲の姿を見なかっただろうか?」

「は・・・趙将軍は諸葛亮殿の護衛で街へ行かれております」

「嗚呼、そう言えば・・・戻り時間などは分かるか?」

「一刻程、と仰っておりましたので、そろそろお戻りかと思われます、陛下」

頭を一層下げ丁寧に答えてくれた彼に劉備は礼を言うと、仕事に戻ってくれと相手を行かせた。

廊下から見えるぼんやりとした淡い青空へ目を遣りながら、さてと顎に手を当てる。

先程まで政務の手伝いをしてくれていた馬良の元へ再び行く事も考えたが、彼の仕事場を覗いた時に見えた机の後ろに積まれた書簡の山を思い出すと、仕事の邪魔をしに行くのは気が引けた。

劉備自身も決して暇な身ではない。

だが、少ない自由時間くらいは政務を忘れて好きな事をしたかった。

例えばお気に入りの茶を嗜んだり、好みの菓子を食したり、または、好きな者に会いに行ったり。

いつもは政務中だって、彼の姿を見ることは出来ていた。

己の護衛、という任を負って付かず離れずの距離で傍に居てくれている。

だが、今日は何故だか朝の挨拶以降、会話どころか姿を見ることすら出来ていないのだ。

お互いの仕事の都合が関係しているのは分かっている。

仕方がない、相手も忙しい身なのだから、と大人の理論を持ち出して自分を納得させようと劉備はしたけれど、自由な時間が出来た瞬間に理論で思い込ませようとしたモノよりも、純粋な恋心の方が勝ってしまった。

向こうが己をどう思っているのか、長年の付き合いの中でも自信はいまだに持てない。

それでも劉備はただ、趙雲に会いたくなって、気持ちの赴くまま彼の部屋まで来てしまっていたのである。

己の素直過ぎる行動に我ながら童のようだと劉備は苦笑いしながら、再び趙雲の部屋の扉へ顔を向けた。

廊下で相手を待っているのは他の兵士たちの目につく。

勝手にひとの部屋に入って待つのは黄忠や馬超のような人物には礼を失するので劉備でも控えるが、義弟たちや趙雲からは付き合いの長さとお互いに近しい存在だからと気兼ねなく出入りすることを良しとしてくれていた。

むしろ張飛に至っては、こちらが扉の前で声を掛けることすら辞めてくれ、大兄者は時折水臭い、と言うのだから逆に困ってしまうのだけれども。

そんな義弟の様子を思い出して口元を綻ばせながら、劉備はもう一度、趙雲の部屋の扉をゆっくりと開いた。

しっかり者の彼の事、帰城の挨拶の為に政務室へ顔を出した際に自分の姿が見えなければ予想をつけてここに来てくれるだろう、と劉備は期待して部屋の中へ滑り込む。

出入り口から数歩進んだ辺りで、趙雲の部屋を改めてぐるりと見渡した。

彼らしく華美な装飾のない、必要なものだけが整然と置かれている武人の部屋。

真面目な性格がここにも表れている、と劉備が目を細めて品々を眺めているうちに、ふと視線を留めたものがあった。

それは、彼が愛用している槍。

予備の槍も含めた三本の品が、槍立てに収まっていた。

戦時分は持ち主の手に握られている時間の方が長かったが、今は戦況も落ち着き、緊急時や遠征時以外ではこの場所で主を待っているらしい。

今日の外出もすぐそこの城下町の視察のようだ、穏やかな空気が流れる街へは護身用の剣一本で充分だと判断したのだろう、持ち出された形跡は見られなかった。

きちんと手入れをされて槍立てに収まっている彼らを見つめている劉備の胸へ、次第に懐かしさがじんわりと滲み出てくる。

白馬に跨り、この槍を手に、颯爽と戦場を駆ける若武者の趙雲を初めて目にした時を思い返した。

そして後に彼が己の臣下となり、幾度となく死地に陥った時にも、彼とその槍が活路を拓いてくれたことも。

劉備の人生の岐路となった場面には、義弟たちと、趙雲と、そしてこの槍もあったのだと改めて気付く。

「そなたも、ずっと私を護ってくれていたのだな」

吸い寄せられるようにそれらへ歩み寄ると、人間に語り掛けるように劉備は呟き、趙雲の槍へ、そっと手を伸ばした。

いつも持ち主が握っている辺り、色の変わっている部分へ触れる。

「そなたの持ち主は昔から素晴らしい者だった・・・いや。私よりも、そなたの方が子龍を分かっているか?」

関羽が持つ偃月刀よりずっと細身で、張飛が操る蛇鉾よりは丈が長く、美しい房飾りが付けられている品を優しく撫でた。

「私と出会う前の子龍がどのような男だったのか、そなたから聞いてみたいものだが・・・それは難題というものだろうな・・・ふふ」

ひんやりとした鉄の感触を確かめながら劉備は槍へ語り掛け、自分が思わず口にした我儘に一人、ちいさく笑う。

「そなたらにはこんな風に出番も無く退屈な日々かも知れぬが・・・これこそが私の願った世なのだ、どうか許して欲しい。私の愛する大切な者たちが傷付かない、笑い合える世を、そなた達のお陰でこうして作れている事には本当に感謝しているから。そして、な・・・」

ずっと指先で撫でていただけの槍の柄を劉備はぎゅっと握って、目を閉じた。

「私だけではなく、子龍を護ってくれて、ありがとう」

 

どくん、と体中の血液が沸騰したような感覚に襲われた。

こちらに背を向け、己の愛槍へ手を添えながら自然体の言葉を紡いでいる主君へ、入室してきた趙雲は掛ける言葉を無くす。

相手を驚かせてはいけないと様子を探っていた時に聞こえてきた、自分と愛用の槍への感謝の言葉に、動きを止めていた彼は思わず常を忘れた。

速足で歩み寄り、いつもなら触れてはならないと自制していた劉備の手へ、迷いなく己の手を重ねる。

槍を握っていた手にいきなり誰かの手が重なった事に劉備が酷く驚き、急いで振り返ると、真剣な表情の趙雲が立っていた。

独り語りを聞かれたと悟った劉備は、首まで赤くして口ごもる。

「す・・・すまない、その、勝手に・・・部屋に、入って」

趙雲は相手の気まずそうな謝罪に首を振って見せ、向き合う劉備の俯きがちな顔を見つめた。

「そのような事は構いませぬ。劉備殿、それよりもお聞きしたいことがございます」

顔が赤いままの劉備が、ちらりと上目遣いで趙雲へ視線を向ける。

「な・・・何であろう」

劉備を見つめていた趙雲の目が、一瞬槍へと逸れた。

「これにお話していた事を、」

声は冷静を装っているが、重ねられた趙雲の手に力が籠る。

「私に、もう一度お話して下さいませぬか?」

「それは・・・・・」

空いた手で赤くなっている頬を隠すような仕草を見せて戸惑う劉備へ、趙雲は是非にと続けた。

「これに問うても答えが得られぬ事は、持ち主の私がお答えできるかと」

まっすぐにそう語る趙雲に、劉備はその必要はないと恥ずかしさも交えて大きくかぶりを振る。

「い、いや、大した話はしていないぞ!」

「殿の仰る通り、大したお話でなくてもお聞きしたく」

こちらの言い分など聞こえないかのように真顔で問い質してくる口調の相手に劉備は違和感を覚え、急いで心を落ち着かせると、趙雲の目をじっと見つめた。

「・・・子龍・・・どうかしたのか?」

劉備と槍を交互に眺め、僅かに口角を下げた趙雲が不貞腐れたような声を絞り出す。

「・・・・・ております」

「え?」

「妬いております」

「・・・へ??」

「劉備殿のお言葉を独り占めしていたこの槍に、私は妬いております」

趙雲の言葉を頭の中でゆっくりと理解していった劉備の目が、驚きでみるみる丸くなっていった。

妬みや嫉みといった感情とは無縁に映っていた相手からの意外な告白を、今は動揺で受け止めるしかない。

「子龍、そのような顔をせずとも・・・あれは私の戯れからの独り言、なぜそのように苦しそうな顔をするのだ?」

劉備の素直な疑問に、趙雲は眉を下げて困ったような様子を見せた。

「なぜ、と仰られるのですか・・・それは・・・」

急に口が重たくなった相手の反応から、劉備の胸がもしやと小さな期待を抱いて、とくりと鳴る。

その期待をもう少し膨らませたくなって、劉備は趙雲へ半歩、近づいた。

「そなたの口から妬く、などという言葉を聞くとは思わなかったぞ。大切に使っている、相棒ともいえる槍であろうに」

「あ・・・相棒だからこそ・・・」

趙雲はそこで言葉を切って、暫く劉備の顔を見つめる。

「これが、己よりも貴方様に注目されていた事が、悔しくなったのです」

正直に白状した趙雲の頬が、僅かに染まった。

「・・・幼い感情だとお笑いになられても構いませぬ」

目を逸らして恥ずかし気にしている趙雲に、劉備はゆっくりと首を振って見せる。

「いいや、私も子龍の話を笑えぬのだ。・・・なあ子龍、どうして私がここに居たのだと思う?」

穏やかな声で問いかけられて、趙雲は再び劉備へ視線を戻した。

「なぜ、ですか・・・?私にご用があったのでは??」

至極当然の答えを持ち出した相手に、劉備は悪戯気に笑い掛ける。

「ふふ、外れだ。用なんて無かった。ただ、私はそなたに会いたかっただけ」

ぽんと軽い調子で告げられた事実に、趙雲の顔が一瞬で真っ赤に染まった。

「!わ・・・わたし、に・・・!?」

「ああ。だが子龍は出掛けていると言われてな。そなたが戻ってくるまで待っていた時にこの槍を見つけた、という訳だ」

趙雲の手が重ねられたまま握っている槍を、劉備は眩しそうに見上げる。

「これを見つめていたら、今までの事が思い出されてきてな。子龍と出会ったばかりの頃や、幾度も私を死地から救ってくれたこと・・・子龍がこの槍と共に積み重ねてくれた恩をちゃんと伝えたくなって、思わず先程のような独り語りをしてしまった」

だから、と劉備は趙雲に向き直って目を細めた。

「先程の語りは、槍にではなく、槍を通して子龍に伝えていたのだ。今の平和は、そなたの存在のお陰でもあるのだと、ずっと傍らでひたむきに働き、私を護ってくれて感謝している、と」

見つめる趙雲の目尻に、涙が滲む。

「・・・っ、との・・・」

「分かってくれただろうか?」

「なんと、なんと勿体無いお言葉を・・・」

俯いた趙雲の頬から、涙が一粒ぽろりと零れ落ちた。

嗚呼、と劉備が自らの袖口を手繰り寄せて趙雲の顔に近づけたが、僅かに躊躇して動きを止める。

「子龍・・・その、ひとつ・・・聞いても良いか?」

「っ、はい、何でしょうか?」

主君の問いかけに、趙雲は慌てて指の腹で涙を拭い落すと、顔を上げた。

袖口を手繰り寄せた姿のまま、劉備は迷うような素振りを見せている。

「あのな・・・ええと・・・私が、子龍に、こうして逢いに来るのは・・・困るか?その、主君とか、臣下、とかではなくて・・・」

話の最後の方は自信が無さそうに声が小さくなってしまって、劉備は上手く伝えられない己に歯がゆさとみっともなさを感じ、相手を直視できずに目を泳がせた。

自分が相手の主君だからこうして話に付き合ってくれているだけならば自重しないといけない、と劉備は相手の返答次第で胸の奥の気持ちに覚悟を持たせようとしたとき。

「劉備殿」

凛と、名前を呼ばれた。

「この趙子龍は、貴方様のお人柄に惚れ込んで参った者です。劉備殿がいらっしゃって困る、などという思いはひとかけらも御座いませぬ」

趙雲らしい迷いのない返答に、劉備の緊張は緩やかに解ける。

安堵の息と共に、微笑が零れた。

「ああ・・・ありがとう、子龍」

「いいえ、話はまだ終わっておりません」

「え・・・うん?」

「惚れ込んでいる、という私の言葉の意味を、殿は本当にご存知でしょうか?」

そういって照れ臭そうに笑った趙雲の美しさに、劉備は見惚れる。

「さて・・・ほんとう、とは?」

自分から答えを鮮明にして、勘違いだったら怖いと思う劉備は、わざと惚けて見せた。

「殿・・・それは・・・」

問いを返された趙雲はちょっと困ったような表情を見せてから、肩を竦める。

「己の槍にまで、貴方様を取られたような気になって嫉妬までする心持ち、とでもお話すれば宜しいでしょうか」

二人だけの部屋なのに、趙雲は声を潜めて遠巻きの思慕を告げた。

流石の劉備も誤魔化せなくなって、耳がじんわりと赤く染まる。

「・・・それは、随分と・・・」

「ふふふ・・・はい、厄介な気持ちかも知れませぬ。ご迷惑でしたらそう仰って下さい」

妙に晴れ晴れとした声でそう語る相手に、劉備がまさか、と語気を強めた。

「私の方が子龍に会いに来たのだ、そなたを迷惑などと思うか?」

そう言って、躊躇って留めていた手を趙雲の胸元へ伸ばす。

ひんやりとした鎧の感触を確かめながら、劉備は微笑んだ。

「今でも、私が一番に誇る武人は、子龍だ」

そっと寄り添ってきた劉備の存在に、趙雲の拍動がせわしくなる。

身体を寄せてもすぐに腕を回せず、硬直している趙雲に劉備は愛おしさを感じて口元を緩めた。

「子龍?」

試すように名を呼ぶと、呼吸を忘れていたかのように趙雲が慌てて息を吸い込む様子が分かる。

「あ、あのっ、殿・・・ご無礼を、お許し頂けますか・・・!?」

うん、と頷き肩口に額を預けた劉備の肩を、漸く趙雲がやんわりと抱いた。

お慕いしております、と耳に吹き込まれるように告げられた囁き声を、劉備は夢見心地で聞く。

腕の中に閉じ込めた大切な存在を己の相棒に見せないように、趙雲はそっと愛槍に背を向けて劉備を抱き締め直した。

 

 

 

(おしまい)