こんにちは!
何やらタイミング良く、バレンタインデーに更新することが出来ました。
いつも応援くださいましてありがとうございます!のお礼代わりになればと願っております。
これからもどうぞよしなに!!

今回も安定の趙劉です。
以前思い付きで呟いていたネタをお話にしてみました。
腐要素が強めですので、苦手な方はご注意くださいませ。
長めのお話ですので、お時間のある時にでもお付き合い頂けましたら嬉しいです♪



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宴の残香  <趙劉>

 

 

 

玄関先まで見送りに来た家主へ今晩の馳走の礼を篤く述べて玄関を出ると、己より先に出て、帰りの馬車の傍らで待機している忠臣へと劉備は歩み寄る。

待たせたな、と声を掛けると、ほんの一瞬、相手の片眉が僅かに上がった様子が月光の明かりの下でもはっきり見えた。

「?子龍、いかがした」

相手が見せた瞬間の不審に劉備は自然と声を落とす。

「いえ、何でもありませぬ。どうぞお車に」

主の心配に問題無いと言うように趙雲は軽く首を振って見せると、従者が用意した足場へと劉備を導いた。

趙雲の手を借りながら馬車へと乗り込む劉備は、夜空に浮かぶ半月を見つけて嗚呼と声を上げる。

「馬車ではなく、馬で来ていたら月を眺めつつ帰ることが出来たのになあ」

御簾を片手で持ち上げて主を車に乗せつつ趙雲も夜空を見上げるが、こちらの口元は真一文字に引き締められている。

「これくらいのお時間に馬でのご帰城は、ここが城下町といえども何があるか分かりません。城に到着なさるまでは我慢なさって下さい」

御身の為です、と忠臣から真顔で言われては劉備もそれ以上の我儘は言えない。

それもそうだな、と大げさに肩を竦めて言葉を返すと趙雲も微笑し、ほんの少しの我慢ですから、と声を和らげて馬車後部の御簾を下ろした。

もう一度馬車に異常がないか確認すると趙雲は自らの愛馬へ向かいながら、手近な付き添いの者をひとり掴まえて小声で何やら話しかけ、頼んだと一足先に相手を城へと奔らせる。

軽やかな駆け足が遠ざかってゆくのを聞きながら、趙雲は馬車の中の劉備へ出発の声を掛けると、自身も馬上の身となった。

 

蜀の地で新しい統治者として多くの民たちから受け入れられた劉備だったが、人徳はあれどここでは新参者である。

そんな彼が永くこの地で上手くやっていくには、手始めに昔から蜀の地で生きている有力者たちとの付き合いを深めて彼らの信頼を勝ち取ること、であった。

今夜も、そんな有力者の一人から親睦を深めたいとの宴に招かれて、趙雲を供に出掛けてきたのである。

酒と食事を楽しみながら家主からこの地についての話を聞ければ、劉備は充分であった。

しかし、相手はそれだけでは足りないと思ったのだろう。

一級品の酒に豪勢な食事を卓の上に乗せきれないほど並べ、更には自分が雇っていたり囲っている女官や踊り子達を呼び寄せると劉備の周辺へひっきりなしに彼女らを侍らせ、酌をさせた。

末席に近い場所に座った趙雲にも、女たちがしなを作って入れ替わり酌をしに来る。

劉備は穏やかな様子を崩さず彼女らの酌を家主との会話を理由に適当に受け流していたが、趙雲は女人達が身にまとっている化粧品の派手な色彩や強すぎる香の匂いに酷く困惑し、言葉少なに酌を断るのに精一杯、挙句それらの香りで始めは美味そうだった食事の味も分からぬまま、酔えぬ酒を時間潰しのように僅かに口に運ぶだけだった。

 

まだ、あの甘ったるい匂いが鼻の奥に残っているようだと趙雲は顔をしかめて、己の肺を換気するように冷えた夜気を吸い込む。

城へ戻ったら匂いの染みついた服を直ぐにでも脱ぎ捨てたいが、己よりもまずは劉備の着替えを手伝わなくてはならない。

接待を受けた城下町の宅から城まではほとんど離れていないので、趙雲が供をする馬車は直ぐに城内へと入った。

馬を降りた趙雲へ、一足先に帰城していた付き添いの者が駆け寄って来て、準備はもう直ぐに出来る旨を告げ、下がる。

趙雲はその言葉に頷くと、馬車の御簾を上げた。

「到着いたしました、劉備殿」

手を差し伸べて車から降りる劉備を手伝いながら、先程夜気に逃がしたはずのあの匂いを車内から再び確かめて、自然と眉間に皺が寄る。

「ありがとう子龍・・・どうした?おかしな顔をして」

手を添えてくれた趙雲へ感謝を告げながら顔を見上げた劉備が、相手の眉間の皺に気付いて驚いたような声を出した。

趙雲がちらりと辺りを見渡せば、まだ、周りには付き添いの者たちが幾人か残っている。

彼は周囲を気にするように否、と小さく答えた。

「お疲れになったでしょうから、一先ずお部屋へ」

その忠臣の言葉の中に、この場で言いたくない内容があると気付いた劉備は素直に頷く。

「ああ、では行こうか」

後の事を従者たちに任せると、二人は歩き出した。

並んで歩きながら、趙雲は気遣うような声で劉備へ話しかける。

「殿、ご気分など悪くなさってはいませんか?」

うん、と劉備は袂の辺りを直しながら頷いてみせた。

「私は大丈夫だ。子龍の方こそどうだ?心配な様子に見えたが」

「いえ、ご心配には・・・」

「酔ったのであろう?あの匂いに」

趙雲が言いにくい話をさっぱりとした調子で口に出すと、劉備は苦笑いを漏らした。

「殿・・・よく、お分かりに」

己の不快の理由を当てられた趙雲が驚いた声を上げる隣で、劉備は己の袖に鼻を近づけて片眉を上げている。

「流石に私でも中座したくなりそうな匂いだったからな、慣れていない子龍にはもっと堪えただろうと・・・む、やはり服に染みついてしまったか・・・」

あそこの亭主は麝香が好きらしい、と続けながら染みついた匂いを逃がすように袖をひらひらさせる劉備へ、趙雲が実はと話しかけた。

「劉備殿。もし宜しければ、お着替えの際に御髪についた匂いを落とされませんか?湯は沸かしてあるので直ぐにでも準備は出来ますが」

おや、と劉備が目を丸くして隣の趙雲の顔を見上げる。

「こんな夜更け近くに湯が用意されているのか?」

予想通りの相手の驚き方に、趙雲は思わず嬉しくなり、目を細めた。

「はい。強すぎる匂いは殿の寝つきが悪くなるのではと思いまして。多くはありませんが用意させてあります」

髪を清めるだけでも違うだろうと気遣いをしてくれる相手に、劉備は嬉しそうな微笑みを向ける。

「ありがとう、子龍。ではその気持ちに甘えさせて貰おうか」

「畏まりました。では準備して参りますので、先にお部屋でお待ちください」

「急がなくても大丈夫だ。・・・ああ、それと子龍」

湯の用意の為に傍を離れようとした趙雲の袖を、劉備の指先がそっと掴んで引き留めた。

たおやかなその仕草に、趙雲はどきりと胸を鳴らして足を止める。

「っはい、何でしょう?」

こちらの瞬間の動揺に気付かない様子の劉備は、酒の残った赤い目元で趙雲を見つめてきた。

「私の心配ばかりする前に、そなたも着替えてくると良い。まだ、寝る支度に焦る程の時間でも無いから」

「お言葉は有難いのですが・・・まずは殿のお着替えを、先に」

劉備からの提案に、趙雲はちょっと目を泳がせて戸惑いの声を出す。

己の事は後回しで構わないと言う忠臣の言葉に、劉備は敢えて朗らかな笑い声を上げて相手の手を取った。

「ははは、そうか、私の着替えの心配までしてくれていたのか。だがな子龍、それくらいは自分で出来るぞ。それに、そなたもこの匂いから早く離れたいだろう?どうか遠慮せず、着替えてから私の部屋に来てくれ・・・良いな?」

手の甲を穏やかに撫でつつ、最後は優しく言い聞かせるような口調で趙雲へ語り掛けると、彼は目線を落としてはにかむような表情を見せる。

「・・・はい・・・ありがとうございます」

ようやく素直になった趙雲に、劉備は安堵の笑みを漏らし、そっと手を離した。

「着替えや準備を慌ててして来ることは無いのだからな?焦って湯を持ったまま転んでは大変だから」

そう冗談めかして言うと、趙雲もくすりと小さく笑って頷いてくれる。

「ふふ、確かにそれは気を付けませぬと・・・承知いたしました」

その場で別れ、劉備が部屋へ向かう後姿を暫く見送った趙雲は、まずは着替える為に自室へと急いで足を向けた。

 

手早く着替えた趙雲が劉備の部屋を訪れると、相手は夜着姿で椅子に座り、水を口にしていた。

趙雲の手間を省くためだろう、きつく纏められていた髪は自身の手で解かれ後ろに流されている。

「ああ、早かったな。まさか走って来たのか?」

こちらに気付いてふんわりと笑む、髪を下ろした劉備の様子がひどく眩しく映って、趙雲は耳に熱さを覚えた。

「いえ、速足で参りました」

照れた様子を気付かれないように、いつもの口調を心掛けながら趙雲は湯をはじめとした道具達を身だしなみを整える時に使用している机の上へ並べ始める。

「焦ることは無いと言ったのだが・・・ふふ、そなたの真面目さに甘えてばかりだな、私は」

相手の動作に合わせて劉備も立ち上がると、その机の脇に置かれた椅子へ歩み寄った。

いつものように趙雲に背を向けて椅子に座ると、失礼します、と後ろから声が掛かって肩に布が掛けられる。

慣れた手つきで劉備の髪へ櫛を入れながら、趙雲はそのようなことは無いと謙遜した。

「今は御髪を拭くだけとはいえ、乾かすお時間も必要ですから。むしろ殿から私へのお気遣いの方が大変嬉しかったです」

絡んでいる箇所が無いか丁寧に櫛を通してくれる趙雲の手つきから彼の優しさが伝わってくるようで、劉備は自然と目を瞑って相手に身を委ねている。

「すまないな、手間を掛けさせて」

「そのような事は。これは私が言い出したことですから」

櫛が髪を離れると、次にたらいへ湯が注がれ、浸された布を絞る水音が背後から聞こえてきた。

「・・・ありがとう、子龍」

「畏れ入ります。ではお清め致します」

もう一度声を掛けられて首筋の辺りの髪の毛をひと房、手に取られた感触を覚える。

その後に程よい温もりの湿気が己の髪を包んで、丁寧に撫で下ろしてゆく動作に、劉備は小さく息をついた。

相手の小さなため息に気付いた趙雲が手を止めて心配そうな声を出す。

「いかが致しましたか?熱かったでしょうか??」

「いや、その逆だ。とても心地が良い」

「ああ、それは良かったです」

背後からホッとした声が聞こえてきたので、劉備は小さく笑って手をひらりと振って見せた。

「そのように丁寧に扱わなくて良い、もっと荒っぽく拭いてしまって構わないぞ」

どうせ寝るだけなのだから、と笑う劉備に、趙雲が慌てた声を出す。

「と、とんでもありません!このようなお美しい御髪を手荒に扱うなど出来ませぬ」

「・・・うん?」

己の聞き間違えか、と劉備の動きが止まった。

趙雲は相手に構わずひと房の髪を清め終わると、布を湯へ浸す。

そして次のひと房を愛おしげに手に取ると、温かい布を艶やかな髪へ添えた。

「劉備殿の御髪はしなやかで、真っすぐで、美しい艶をお持ちです。そんな御髪を触らせて頂けるだけでも私にとっては大変に勿体無く、幸せな事ですのに・・・手荒に扱いなどしたら罰が当たります」

髪を扱う動作に集中していた趙雲が、ふと相手の無言に気付いておやと首を傾げる。

己が無礼な事を口にしてしまったのかと小さな不安を覚えてそっと劉備の顔を覗き込もうとすると、相手の耳から首筋が真っ赤に染まっている様子が目に飛び込んできた。

人の褒め殺しは上手いのに、自分が褒められると酷く照れて口数が少なくなる劉備を知っている趙雲は、口元を緩めながらも、そのまま無言で髪を拭く動作を続ける。

そのままどちらから語り出すことは無いまま、趙雲は何回かに分けて髪を拭き、薄く油を付けてもう一度櫛を通すと、劉備の肩に掛けられていた布をふわりと取り外した。

「お疲れ様でした、劉備殿」

先程よりは赤みの引いた顔で後ろを振り返ると、趙雲が穏やかに笑んでいる。

「簡単にですが、だいぶん匂いは取れたかと思います」

趙雲の言葉につられるように劉備は己の髪をひと房手に取って鼻へ寄せると、確かにあの甘ったるい残り香はほとんど嗅ぎ取ることが出来ない。

「あ・・・うん、確かにすっきりした。子龍、ありがとう」

下ろした髪に手を添えたまま此方へ体を向けて微笑みかけてくれる劉備に、一度は我慢した動作を抑えきれず、趙雲は相手へ手を伸ばした。

「私にも、確認させて頂けませぬか」

劉備が答えるよりも先に、趙雲は相手の背中に手を回して抱き寄せている。

艶やかな髪に鼻先を埋め、趙雲が甘い息をついた。

「嗚呼、貴方様の香りが致します」

耳の間近から響いてきた掠れ声に、劉備の鼓動が跳ねる。

「し、子龍・・・」

「劉備殿の香りが、一番好きです」

抱き締められている劉備は、自分の鼓動の大きさから喉が詰まっているようで声を出せず、相手の言葉をただ聞いているしか出来ない。

「貴方様の香りを、お姿を、今宵は独り占めしたいのですが・・・宜しいでしょうか?」

趙雲はいつものように甘い願いを告げて、腕の中に閉じ込めている相手の答えを待っていると、劉備が身じろぎをした。

抱き締めている腕の力が強かっただろうかと趙雲が二人の間に少し隙間を作ったが、劉備はいつもと違って困った表情で緩く頭を振る。

「・・・これは、申し訳ありません。ご無礼を」

自分の今夜の願いが断られたと察した趙雲は、名残惜しい思いを懸命に押し殺して劉備から距離を取ろうとした。

しかし相手は趙雲の胸元に手を添えたまま、更に首を振る。

「違うのだ・・・子龍、その・・・」

「・・・殿?」

「子龍とは、一緒に居たい。だが・・・」

趙雲の胸元で劉備は言葉を止め、目を泳がせて随分と迷う様子を見せた。

そんな相手を急かすことはせず、趙雲は静かに続きを待つ。

顔を赤らめ、暫く言葉を探していた劉備が、小さな声で子龍、と呼び掛けた。

「あのな・・・子龍の髪、から・・・先程の女人達の匂いが・・・・・その、その匂いとそなたが共にいるのは・・・」

嫌だ。

消え入りそうな声で劉備はそう言うと、趙雲の肩に己の額を押し付ける。

接待を受けていた折にふと目にした、しなをつくった女官に酌をされている趙雲の姿を、あの胸やけのするような甘ったるい匂いは思い出させるのだ。

趙雲はただただ困惑して形式的に酌を受けていただけなのだろうが、その光景に劉備の内心は穏やかではなかった。

美しく着飾り、蠱惑的な香りで人を誘う女達に、趙雲が惹かれる訳は無いと頭では分かっている。

だが、己の胸の底に貼り付いている嫉妬という感情は、理屈を抜きにして劉備の心を乱した。

あの場さえ凌いでしまえば趙雲は自分だけを見ていてくれる存在に戻る筈だと我慢したのに、いま、二人きりになっても付きまとってくる甘ったるさには、流石の劉備も我慢が出来なくなっている。

劉備からのやっとの告白に、趙雲は慌てて相手の肩を抱き、離れるような動きを見せた。

「これは・・・申し訳ありません!直ぐに清めて参りますので・・・暫しお待ち下さいませんか?」

趙雲の顔を見上げて、劉備が心許なさそうな声を出す。

「待つ、とは・・・子龍は、どこへ?」

「自室へ一度戻りまして、身体を・・・」

退室の意を表した相手に、劉備は嫌だと再び胸元へ顔を埋めた。

「離れないでくれ、今は共に居て欲しい」

愛おしい人からの酷く情熱的な願いに趙雲はそのまま抱き締めてしまいたい衝動に駆られるが、己についた匂いをどうにかしたいという気持ちが引っ掛かって行動に移せない。

「ですが、一度失礼しませぬと匂いを取ってくる事が出来ませんから・・・」

胸元から顔を上げた劉備は小さく膨れる。

「ここで落とせば良いではないか」

上目遣いの相手の愛らしさを直視できず、目が泳ぐ趙雲。

「いえ、ここは貴方様の」

「先程の湯はまだ残っているのだろう?」

「残っては、いますが・・・」

正直に、しかし言いにくそうに答えた趙雲から身体を離した劉備が、自分の髪を綺麗にしてくれた道具たちへ歩み寄った。

鉄瓶に残っている湯の温度を確かめ、うんと一人頷くと、彼は趙雲へ笑い掛ける。

「子龍、ここへ」

先程劉備自身が座っていた椅子を指さして趙雲を呼ぶと、相手の顔色がみるみる変わった。

「いけません!それは殿の為に準備した品。私が使って良いものでは」

「私の髪は子龍が綺麗にしてくれたではないか。残り湯をそのまま捨てる方が勿体無いだろう」

それに、と劉備の目元が僅かに険しくなる。

「自室に戻って清めてくる、と言っていたが、冷水を使うつもりだったのであろう?私の我儘でそなたに風邪を引かせるわけにはいかぬ」

「・・・う・・・」

言動を見透かされた趙雲は反論が出来ずに口ごもった。

「子龍」

小さく肩を竦めて、劉備が歩み寄る。

「いまは二人だけの時間。私にも、そなたの髪を触らせてくれないか」

柔らかくねだる様な口調で語り掛けながら、趙雲の手を取って椅子へと導く。

劉備から重ねて頼まれれば趙雲も断り切れず、困り顔のまま髪を整える場へと手を引かれた。

さあ、と椅子へ座るように促された時、今まで黙っていた趙雲が口を開く。

「殿・・・でしたら、私も己の髪を拭いても宜しいでしょうか?全てにお手間を取らせるのは、流石に・・・」

相手の譲歩案に、劉備はホッとした笑みで頷く。

「わかった。では私は後ろ髪を清めることにしよう」

もう一つの空いているたらいに湯を注ぐ劉備へ、趙雲があっと慌てて言葉を繋いだ。

「あ、あの!簡単で構いませんのでっ!!」

「ふふふ、わかったから座ってくれ。立ちっぱなしでは私の手が届かないだろう?」

「いえ!その前に準備は私が」

湯で劉備の手が荒れてはと趙雲が自ら布を二枚絞り、そのうちの一枚を相手に渡した。

「畏れ入ります・・・では、あの」

申し訳なさそうにしていつまでも椅子に座らない趙雲に、劉備はため息をついて相手の胸元へ片手を置く。

「あのな、子龍」

「・・・はい」

「そなたが椅子に座って、後ろを向いてくれないと困るのだが」

「困る・・・?」

言葉の意味が分からないと戸惑っている相手の顔に己の顔をついと寄せて、そっと囁いた。

「私も、早く子龍の香りにだけ包まれて過ごしたい」

だから、余計な匂いは直ぐにでも落としてしまいたいのだ、と続けた劉備を、耳を赤くした趙雲が熱っぽい瞳で見つめる。

「それは、大変な失礼を致しました。手早く落としてしまわなくては・・・では、この無粋に対する謝罪を」

顔を寄せようとしたら、髪が揺れるとあの匂いが漂うから嫌だ、と劉備は笑いながら趙雲の前髪と両脇の髪を両手で掻き上げるように抑えた。

「後ろ髪を清める、と言ったが・・・前髪から先に拭いても良いだろうか?」

片手に持った布で趙雲の髪をそっと撫で始める劉備に、趙雲が微笑みかける。

「はい、お任せ致します。このようにすれば届きますか?」

劉備の手の上から己の手を重ねると、趙雲は改めて身を屈め、そのまま軽く口づけを落とした。

「ふふ、それでは近すぎて見えぬ」

「申し訳ありません。貴方様にあれほど誘われては、抑えが効きません」

もう一度、次は唇の端へ触れるだけの口づけを贈ると、趙雲の髪を拭く劉備の手がぴくりと小さく跳ねる。

「ちゃんと髪は清めますので、どうかこのまま、この距離で、私の元に居て下さい。劉備殿」

片腕で劉備の腰を抱き、空いた手で自らの髪を拭き始めながら趙雲が願いを告げると、相手からも一層身を寄せてきた。

趙雲の手が届かない側の髪の毛を撫でつけるように清めてくれる劉備の口元は、穏やかに笑みを浮かべている。

「ああ、勿論。私から離れるつもりはないぞ」

何の後ろめたさもない朗らかな返答に、趙雲の胸が喜びで震えた。

「殿・・・」

「ほら、手が止まっている。立ったまま一晩過ごすつもりか?」

「では寝台へ参りましょうか」

「・・・だから、言っただろう?」

あの匂いを二人の場に連れ込むのは嫌だと劉備が膨れると、趙雲は何故か目を細めて嬉しそうな顔を見せる。

「ええ・・・ええ、そうですね。邪魔者は直ぐに片付けてしまいましょう」

お手を貸して下さい、と趙雲は劉備を両腕で抱きしめると、彼の肩へ己の頭を預けるように俯く。

そんな趙雲の後頭部へ劉備も両手を回すと、彼の長い髪を束ねている結い紐をゆっくりと解き、指で髪を梳いた。

「おや、こちらは・・・動いているうちに匂いが落ちたのかな?あまり香りが・・・っこら、しりゅ」

指先にすくい取った髪を鼻先に寄せて匂いを確かめる劉備の白い首筋を、趙雲の唇がやんわりと吸う。

不意打ちの甘い刺激に思わず声を上擦らせた劉備が照れ隠しに相手の頭をほんの軽く小突くが、彼は何も言わず、今度は音を立てて同じ箇所を吸い上げた。

「や・・・っ、まだ、髪を」

相手の結い紐をぎゅっと握って甘さを逃がそうとしても、耳元に掛かる相手の熱い吐息と口づけの刺激に息が上がって行く。

「申し訳ありません。酔いが、回ってしまいました」

趙雲に支えられてやっと立っているような状態の劉備が、相手の言葉に潤んだ瞳を細く開いた。

「酔い・・・?酒、か?」

否、と趙雲は劉備の耳元へ唇を寄せる。

「お慕いする貴方様の、愛おしい香りに」

子龍、と掠れた声しか出せず、劉備は首に回した腕に力を込めた。

相手の言葉に、先程まで気になっていた女人達の匂いなど何処かへ消し飛んでしまっている。

分かるのは、恋しい人の温もりと香りだけ。

「私も・・・酔ったのかも知れぬ・・・」

「殿」

趙雲が腕の力を緩めたので劉備もその動きに合わせて身体を離すと、髪を下ろした相手が優しく笑い掛けた。

「では、酔いを醒まさなくてはいけませんね」

劉備の手から髪を清めた布と結い紐を受け取り机上に置くと、趙雲は相手を横抱きに抱き上げる。

参りましょう、と囁きかける趙雲と返答代わりの口づけを交わした劉備は、身を預けた趙雲の香りを深く吸い込んで、幸せそうに目を閉じた。

 

 

 

(おしまい)

 

 

 

お疲れ様でした。

文末のこのダラダラ書きはいつも書こうか止めようか迷っているのですが、今回は気が向いたので。

以前、ツイッターで呟いた思い付きをお話にしてみました。

ざっくりイメージとしては、飲み会の後に自分が好まない類の匂いが付いた時の不快感から早く逃れたい、という感じです()

それを自分の趙劉にするとこんなお話に。

趙雲はもとより、劉備にも唯一人の存在に対しては結構な嫉妬や独占欲があったら私(と趙雲)が嬉しいだけです。

お付き合い下さいまして、ありがとうございました!