こんにちは!
いつもご覧くださいましてありがとうございます♪
皆様から応援を頂いているお陰から細々と更新を続けられております。

今回は・・・いえ今回も趙劉のお話。
思ったよりも長くなりそうでしたので分けました。
全2話を予定しております。
むそ8の隠れ処をイメージしたお話となっております、お時間のある時にでもお付き合い頂けましたら幸いです~!!



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Rendezvous
<趙雲と劉備>

 

 

 

1.

ゆっくりお過ごしください、と孔明から微笑み付きの許可を貰った劉備が愛馬に跨ろうと鞍に手を掛けた時、離れた所から名を呼ばれた。

「殿、劉備殿、いま少し」

ぱたぱたと駆け足でこちらへ向かってきたのは馬良である。

鞍から手を離し相手を迎えるように体の向きを変えると、彼は両手に何やら抱えた姿で息をひとつ付いた。

「お引止めしてしまって申し訳ありません」

「いかがしたのだ、季常」

急ぎの要件でも出来たのかと問う劉備へ布に包まれた品を差し出し、馬良は穏やかに笑み掛ける。

「お忘れ物です。あちらへお持ちなさるのでしょう?」

その品を目にして劉備は思わず、あ、と間抜けた声を出した。

「そうだった、わざわざすまぬ」

「とんでもありません、間に合って何よりでした。孔明様が気付いて下さったのです」

荷物を受け取りながら、劉備の片眉がちょっと上がる。

「うん?孔明が見つけたものをそなたに走らせたのか??まるで使い走りのようなことを・・・」

相手の誤解を解こうと、白眉は微笑したまま首を横に振った。

「いいえ、わたくしがお届けするとお話して参ったのです。殿のご出発のお見送りをしたかったものですから」

律儀なその言葉に、劉備が肩を竦めて苦笑する。

「なに、ほんの二、三日の不在でしかない。途中で子龍と合流するから心配しなくても良いぞ?」

馬良はいえいえと笑いながら手をひらりと振った。

「ご心配など全くしておりません」

あっさりとした返事に、劉備は拍子抜けのような顔をする。

「ま・・・まったく・・・?」

「ええ。わたくしはうきうきと楽しそうにお出掛けになられる殿のお姿を拝見したくて、こちらに」

そう言って口元に手を当て、朗らかな笑い声を上げた馬良に、劉備がこらっと照れ隠しの声を上げる。

「季常!そなた、からかい方がますます孔明に似てきたな・・・」

「まあ・・・わたくしが義兄上(あにうえ)に似てきたとは。申し訳ございませんが、それは誉め言葉に聞こえてしまいます」

頬に手を当てて小首を傾げる馬良が、でも、と言葉を続けた。

「殿のお幸せそうなご様子を拝見できるのは、わたくしたちにとっても幸せな事なのでございます。今は、どうぞお叱りだけはお許しくださいませ」

「そう・・・なのか?」

「はい。少なくとも義兄上とわたくしは」

ふわふわと笑いながら頷く馬良の姿に、劉備の目元も自然と穏やかになる。

「季常の笑みを見ていると不思議と悪い気がしなくなるな・・・ならば素直に受け取っておくとしようか、ありがとう」

劉備の優しさに、馬良は深く頭を下げた。

「ご寛大なお言葉、ありがとうございます」

「ふふ、いつも世話になっているからな。では私が居ない間、孔明とともに此処を頼んだぞ?」

顔を上げた馬良は劉備の言葉を受けて、しっかりと頷く。

「承知いたしました。殿も道中お気を付けて」

荷物と共に馬上の人となった劉備が馬に合図を送り、白眉へもう一度視線を戻した。

「では、行ってくる」

「いってらっしゃいませ」

軽やかに目的地へ向かって馬を奔らせて行く劉備の背を見つめながら、馬良は目を細めてどうか良いひと時を、と温かく願った。

 

成都から少し離れた場所に良い売家がある、と情報を持って来たのは簡雍である。

何でも街の酒家で意気投合した男のひとりがその家の管理を任されているらしいのだが、本人が使う気はなく欲しい人物が居るのならば手放したいと彼に零していたのだと言う。

「一応相手のウラは取って、物件の下見も軽くしてきたぜ。場所は・・・っと、軍師、地図貸してくれや」

簡雍は諸葛亮の返事を待つことなく傍らにある彼の机上から成都周辺の地図を素早く手に取ると、劉備と趙雲の目の前にそれを広げた。

「成都からこの道をまーっすぐ行って、ここで右に曲がる。んで、細い道だが暫く進めば村がある。その少し外れに建ってた」

地図上の道を辿る簡雍の人差し指を追いながら、劉備は鼻を鳴らす。

「別荘・・・みたいなものか?私はこの城で事足りている。わざわざ離れた所に家を持つ必要までないと思うが」

あまり乗り気でなさそうな旧友の声に、簡雍は片眉を上げ癖っ毛を掻き上げた。

「おいおい、わざわざ離れた所にだからこそあっても良いんじゃねえかっていう話なんだよ。なあ諸葛亮?」

簡雍たちの話を静かに聞きながら己の作業をしていた諸葛亮が顔を上げて頷く。

「ええ、いざという時に逃げ込める隠れ家、という場所は作っておいても宜しいのではないでしょうか」

「ああ・・・そういった類のものか」

「いざって時の話はノンビリできてる今のうちにしておくもんだぜ。・・・趙雲、なに変な顔してんだ」

地図を見つめて難しい表情をしていた趙雲が、簡雍の問い掛けに小さく唸った。

「隠れ家としての必要性は分かったのですが、この周辺の治安はどうなのでしょう?殿の御身を護れなければ意味のないお話ですから」

「おう、その心配があったな。それも馬岱と見て回ってきたが、実に何にもない静かで小さな村だ。ちょっとした金持ちが別荘を買ったと前もって小金持って触れ回っておきゃ、俺たちが出入りしても大した騒ぎにはならんだろう・・・ただし」

簡雍は趙雲の鎧の胸元を軽くつついて低い声を出した。

「こんな格好であの辺に行くなよ。俺たちが劉備の部下だとバレた途端に隠れ家の意味は無くなるんだからな」

成程、と呟いて頷いた趙雲を簡雍が見上げて笑い掛けた。

「ま、今度一緒に見に行こうぜ、諸葛亮も。俺のおススメだって言っても、どのみちお前さんたちの許可が下りなきゃ財布的にも進まん話だろうからさ」

 

そんな簡雍が見つけてきた物件は細かい下調べと入念な周囲への根回しを経て、劉備の隠れ家となった。

この事実を知っているのは、劉軍の中でも上層部の者達だけである。

なので屋敷の手入れも限られた人間で行わなくてはならず、今回は趙雲が担当だった。

いつもは彼が信頼している部下を行かせることが多いらしいのだが、今回は自らが赴くのだと劉備へ伝えに来る。

「たまには己の目で確認して参りたいと思います、殿の大切なお屋敷ですから」

そう言って数日の不在を告げた彼に、政務の手を止めた劉備は思わず口を開いた。

「私もっ・・・その屋敷を、見たいのだが!」

劉備の言葉に、趙雲は勿論、同じ部屋にいた諸葛亮と馬良も動きを止める。

恐らく己の願いは軍師たちに却下されるだろうとは思いつつも、劉備は急いで言葉を繋いだ。

「わ、私の屋敷だと皆は言うが、私自身がそこへ行ったことも見た事も無いのだ。見てみたいと思うのは当然ではないか?」

いつかはその屋敷を見てみたいと願っていたが、まだ掃除が済んでいない、家具が揃っていない、屋根の補修が、などと言われ続けていまだに連れて行って貰っていない。

劉備の中で自然と不満が溜まっていたところに自分が甘えられそうな人物が現地に行くと言う、そこで素直な願いが口から零れ落ちたのも自然な流れだった。

彼なりの正論に趙雲も理解を示しながらも言葉を濁す。

「確かに、劉備殿の仰る通りではあるのですが・・・あくまで仮のお住まい、貴方様がご滞在されるには・・・」

「おかしいではないか。私が住まうかも知れぬ家なのに、滞在できぬと言うのは」

歯切れの悪い趙雲の語りに劉備がふくれっ面をすると、傍らから小さな笑い声が響いてきた。

「殿。趙将軍を困らせてはいけませんよ」

「孔明!しかし」

得意の話術で願いを却下されては堪らないと劉備が語気を強めると、諸葛亮は片手をひらひらと振って、こちらに落ち着くようにと促す。

「いいえ、お止めしているのではありません。羽を伸ばすご相談でしたらお二人っきりの場所でなさって下さい、と申しているのです。趙将軍だってお話したくとも出来ませんでしょうに」

予想外の言葉に劉備はぽかんと口を開けた。

「・・・うん?」

「ぐ、軍師殿・・・」

戸惑った声を上げた趙雲の方を向けば、彼はなぜか顔を赤くしている。

諸葛亮と馬良はいそいそと退出の形を整えると、二人同時ににっこり笑んだ。

「趙将軍がご一緒でしたら反対する理由はございません。お二人でよくご相談なさって、予定が決まりましたら私共に教えてくだされば結構です」

「周りの方々へのご説明は、わたくしどもがいかようにもお作り致しますのでご安心くださいませ。では殿、将軍。一先ず失礼いたします」

丁寧にお辞儀をして退室していった二人を見送る劉備には、彼らの意図がつかみ切れていない。

どういうことだ、と趙雲に問うと、真っ赤になっている若者は口ごもった。

「その・・・諸葛亮殿は、殿のお言葉をご旅行へ行かれたい、と捉えられたのでは・・・」

「旅行?」

「は・・・あの、畏れながら、私と・・・二人の」

目を泳がせて伝えられた趙雲の話に、劉備の顔も一気に熱くなる。

表向きには隠れ家を見に行く、という事を言いつつ本音では自分が趙雲と二人きりで過ごしたいと願ったようにあの軍師たちは受け取ったらしい。

「い、いや、私はそこまで・・・わがままは・・・」

気が利き過ぎる側近達の言動に戸惑いながらも、彼等の勘違いに乗ってみるのも良いのではないかと劉備は思い始めている。

趙雲とはほぼ毎日一緒に居るが、日中二人きりで過ごせる時間は、まず無いのだ。

公に出来ないお互いの関係では、これから先も短く密やかな約束の中でしか過ごすことは出来ないのだろう。

その事実に思い至った時、劉備の答えは定まる。

熱くなった頬を冷まそうと手の平でぺたぺた軽く叩きながら、劉備は俯いている趙雲へ声を掛けた。

「子龍・・・そなたは、どうだろう?」

相手からの呼び掛けに、趙雲は僅かに顔を上げて眉を下げる。

「私は・・・・・」

迷っているような表情と声に、己の願いを口に出しにくくなった劉備は急いで言葉を紡いだ。

「子龍の迷惑になるようだったら無理は言わぬ!私も、つい思い付きで・・・っ」

よくよく思い返せば、我ながら随分な発言である。

相手は業務の一環として屋敷の手入れと見回りをしに行くだけだというのに、私情混じりのわがままを口にした己を、劉備は今更ながら恥ずかしいと思った。

先程決めたはずの答えが、もうひっくり返りそうになっている。

今すぐにでもこの部屋を飛び出して、諸葛亮達へ先程の言葉は誤解だ、と伝えに行きたい。

自身の中で気恥ずかしさが増して居たたまれなくなった劉備が椅子から立ち上がると、何故か正面に座っていた趙雲も立ち上がった。

お互い立ち上がったまま、無言で見つめ合う。

その沈黙に耐えられず、自分より背の高い相手の顎のあたりへ目線を落とした劉備は小さな声ですまぬ、と呟いた。

「・・・すまぬ。また、そなたを困らせてしまったようで・・・」

これから諸葛亮達の誤解を解きに行く、と続けようと思ったのに、言葉がそこで途切れてしまう。

己の胸元に置いた右手を、劉備は無意識にぎゅっと握りしめていた。

相手の顎から喉ぼとけのあたりへ視線が落ちてゆこうとした時、その喉ぼとけが動いた。

「以前、私が貴方様にお願いした事を憶えていらっしゃいますか?」

「・・・え?」

思わぬ問いに劉備が戸惑った声を上げると、趙雲が小さな含み笑いを漏らす。

そうして、彼の大きな手がこちらにそっと伸ばされた。

知らないうちに力いっぱい握りしめていた己の右手を、その手は安心させるように穏やかに包み込む。

「私は、貴方様のわがままをたくさん伺える存在でありたいと願ったのです」

ゆっくりと握りこぶしを解すように劉備の右手を開かせると、趙雲はその手に己の指を交互に絡ませるようにして優しく握り込んだ。

「先程の劉備殿のわがままは、私にとって夢のようなお話でございました。あまりに幸せなお願いでしたので、この気持ちを、その・・・どうお答えするべきか言葉を探してしまって・・・もし、この間に思い違いをさせてしまっておりましたら申し訳ございません」

「子龍・・・それでは」

暫くの沈黙から一転、思いがけない相手からの言葉に劉備が驚いて顔を上げると、嬉しそうに微笑む趙雲がいる。

「共に参りましょう、劉備殿」

温かな響きの言葉に劉備は瞬きを数回繰り返し、趙雲の言葉を己の中で反復させた。

「・・・本当に、良いのか?」

急に慎重になった劉備へ趙雲は肩を竦めて勿論と答える。

「軍師殿の許しは先程頂いております。貴方様さえ宜しければ」

控えめな誘いに、劉備は慌てて首を振って趙雲の手を握り返した。

「行く、行きたい!子龍、連れて行って欲しい!!」

自分が一番に言いたかった言葉はこれなのだと、劉備はようやく気が付く。

趙雲へ諸葛亮達に誤解を解きに行く、と言えなかったのは、己の本心では無かったからなのだとも。

前のめりになって二人きりの小旅行を願った劉備を、趙雲は白い歯を見せて笑いながらそっと引き寄せる。

「承知いたしました。道中の御身は私がお護りいたしましょう」

相手の肩口に頭を預け、握りあう手を見つめながら劉備は幸せなため息をついた。

「ああ、嬉しいのに困ったな」

胸元で呟かれたその言葉に、趙雲が心配そうな表情で如何されましたかと問えば、相手は冷たくて硬いはずの己の鎧へ甘えるように顔をすり寄せる。

「そなたと出掛けられるのが楽しみ過ぎて、その日までの仕事が手に付かなくなりそうだ」

「なんと・・・それは・・・」

鎧越しに相手の胸がどきりと鳴ったように聞こえて、劉備の口元が上がった。

「ふふ、予定も決まらぬうちから浮かれていては何も始まらないのだが・・・もう少しだけ、このままでいさせてくれぬか?」

昼下がりにこれだけ近い距離で触れ合える時間など滅多にないから、と劉備がわがままを口にすると、いつもは臣下の礼に徹する趙雲が珍しくこちらの肩を優しく抱いてくれる。

「この後はきちんと予定を立ててゆきますので、お付き合い下さいますか?」

「ああ、約束する」

自分をしっかりと抱きとめてくれる温もりに包まれながら劉備が夢見心地に返事をすれば、相手の囁き声が耳元に響いた。

「承知いたしました。・・・ほんの少しだけですよ?」

甘やかな言葉の後に趙雲の唇が己のこめかみに触れる。

深い愛情の籠った口づけのせいで、真っ赤に染まった己の顔を見せまいと胸元に顔を押し付ける劉備を、趙雲はただ穏やかに抱き締めてくれている。

愛おしいひとの顔の赤みが引くまで、と趙雲は心に決めてはいるが、それにどのくらいの時間が掛かるのか目処はついていない。

困ったな、と真面目な彼は思いつつも、まだこの温もりを離さなくても良い、という喜びまで抱えている趙雲は、さてどうするべきか、と己に対して問いながら小さく笑ったのであった。

 



(つづく)