こんばんは!約1か月ぶりの更新となります。
黙って息をしているだけで月日が飛ぶように過ぎてゆく気が・・・色々やっている筈なのですが・・・
そんなぼんやりな春にどうにか小説がひとつ、ようやく仕上がりました。

最近ブラスト版の簡雍さんにハマりまして、今回はそんな簡雍さんとオリジナルの馬良さんのお話です。
蜀軍に加入したばかりの馬良さんと古参の簡雍さんの文官同士、という設定です。
マニアックなお話ですが、お時間に余裕のある方はお暇がてらお付き合い頂けましたら幸いです。

元々は下の落書きから妄想が発展したお話だったりします、と余談で。
では本文へどうぞ!

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Super Promise <馬良と簡雍>

 

 

 

長い黒髪が風に煽られないように腰の辺りで一つに纏めた姿で馬に揺られていた馬良が、道の先に目的の場所を見つけて小さく声を上げた。

「簡雍様、見えて参りました」

そう言って隣の人物へ目を遣ると、相手は手綱をゆるゆると操りながら欠伸をしている。

「おう、やっっっと着くのか・・・なあ、町に入ったら少し休まねえか白眉。流石のお前さんでも馬に乗りっぱなしは疲れたろう?」

「ありがとうございます。あの町には知り合いが住んでおりますので、そこへ馬を預けるついでにお水でも頂きましょう」

簡雍の気遣いに笑顔で応えながら休憩の場を提案する馬良に、相手は片眉を上げて小さく唸った。

「あのな、俺の一休みってのは酒家で・・・」

「簡雍様」

笑みを崩さずこちらの言葉を止めた白眉の様子に、簡雍はやれやれと肩を竦める。

「ああ~分かってるって!用事を済ませるのが先、ってことだろ?」

しょうがないと溜息をついている簡雍を見つめる馬良の瞳が困ったようにちらりと揺れた。

「簡雍様のお気持ちは分からなくも無いのですが・・・わたくしの狭い器量ではそれを良し、とはとても言えませぬので・・・お許しください」

相手が本気で申し訳なさそうな声を出して眉を下げるので、簡雍は冗談だと呆れ顔で語り掛ける。

「俺の軽口を真正面で受け止めてどうすんだ。正直も真面目も頭にバカがついたらただの役立たずだぜ?」

まあ、とその言葉に馬良が驚いた表情に変わって瞬きを繰り返す。

「先程のお話は冗談だったのですか??」

笑い飛ばすこともしないで真面目に問うてくる相手に、簡雍は頭を掻きながら悪戯気に笑った。

「さて、全部が冗談だったのかと聞かれればそうでもないけどな。あわよくば、とも思ったんだが」

本気なのか冗談なのかはっきりしない話に、馬良の眉間に気難しそうな皺が刻まれる。

「・・・わたくしには難しいお答えでございます・・・」

酷く戸惑っている相手の気持ちを和らげようと簡雍は大きく口を開けて豪快な笑い声を上げ、馬良の背をばしばし叩いた。

「はっはっは、そんな顔すんな!美人が台無しだ。取り敢えずはそうだな、仕事が終わるまで酒は飲まねえって約束はするさ。さて馬良、そのお知り合いとやらの家までとっとと行こうぜ。案内を頼むわ!」

話をほぼ一方的に切り上げられた馬良の胸中には、まだ解消されていない不安が残っている。

だけれどもそれを今、相手に問い質したところで先程のような困惑しか残らない気がして、彼は心中で溜息をつきながら承知いたしました、と答えるしかなかった。

 

荊州の新たな領主となった劉備がやらなければならない事の一つに、その地の周辺に住まう有力者たちの支持をこちらへ取り付けるという仕事がある。

点在している村や町に己の部下を向かわせて挨拶がてら相手の動向を伺い、劉備への支持を求めてゆくのだが、今回馬良と簡雍が派遣された場所もまさにこの任務を負ってのものだった。

劉備軍に従して日の浅い馬良が派遣されたのには、馬一族がこの地に深く根付いた名門だからこそである。

あの馬一族が主君と仰いだ劉玄徳、となれば地元民との話は早い。

力ではなく話し合いで支持を勝ち取れることが出来る方が互いにとって得だと理解している馬良は、劉備や諸葛亮からの頼みを喜んで引き受けた。

ただ、と彼は少しの心許なさを面に滲ませる。

「わたくしは劉軍では新参者。それがたった一人で相手方へ会いに行くことを懸念する方もいらっしゃいますでしょう・・・もし可能でございましたら、どなたかとご同行させては頂けないでしょうか?」

馬良からの慎重な頼みに、劉備は眉を下げて苦笑いを見せた。

「日が浅いのは確かだが、そなたに叛意があると思う者は居ないと思うぞ・・・だが、うん。季常自身のそういった心配は解消させなくてはいけないな」

「ありがとうございます」

「では誰を同行させようか・・・孔明、適した者はいるだろうか?」

劉備が傍らに座る諸葛亮へ顔を向けると、鼻筋の通った白皙の軍師は羽扇をひと仰ぎしてそうですね、と呟く。

「武官では初見の相手へ威圧感を与えかねません。文官の中から、更に殿と近しい方を選ばれるのが良策でしょう」

彼の提案に劉備は自らの顎へ手を当てながら宙を見つめた。

「と、なると限られてくるな・・・手の空いている者は・・・」

暫く無言で何やら考えていた劉備が、嗚呼と思いついた声を上げる。

「あいつが居たではないか。どうだろう、孔明」

「はい。宜しいのではないでしょうか」

劉備の問い掛けに穏やかな様子で頷く軍師。

どうもこれで話は纏まっているらしいのだが誰が自分の同行者に決定したのか分からない馬良は、目の前の二人を交互に眺めるしか出来ない。

そんな彼に劉備より告げられた名が、簡雍だった。

意外な人物に馬良は一瞬己の耳を疑う。

簡雍は劉備が黄巾党の討伐軍を結成した時から一緒に居るという、劉軍の中心的人物の一人だ。

確かに劉備の身近な存在であり文官である。

今回の同行者としてはうってつけではあるのだが、彼の日常を思い返した馬良は不安を抱かざるを得なかった。

数々の不安の中でまず第一に思い浮かんだのは、朝議によく遅れてくる姿。

酷く眠そうな顔で、取り敢えず適当に纏めた、といった風にざんばらな髪型の状態で既に始まっている朝議の列にいつの間にか紛れ込んでいる。

いつだったか、そんな厳粛な場で皆の前に立つ劉備を見つめていた馬良が、隣の空気が僅かに動いた様子に気付いてちらりと横目で見遣ると、先程まで居なかった簡雍が平然とした顔で並んでいたことがあった。

しかも彼からは酒の匂いがする。

朝に似つかわしくないその香りに思わず顔を向けて凝視すると、簡雍は唇に人差し指を立てて二日酔いだ、とこちらへ悪戯っぽく微笑んで囁いた。

朝議に遅れてきた日は後で劉備や諸葛亮から小言を言われ頭を掻いている後姿を必ず目にするのだけれども、小言を言っている当人たちにはしょうがない、といった苦笑いが表情に混じっている。

劉軍にやっと慣れてきたころの馬良には着物の前合わせも面倒くさそうにはだけさせて歩いている、そんなだらしない簡雍の存在が酷く異質で戸惑うことが多かったのだが、周りの声に耳を澄ませていると彼の評判は意外と悪くないらしい。

あんな風体だが仕事は溜め込まないらしいとか、身分に関係ない人付き合いをしてくれるとか。

面白そうな話の欠片は幾つか耳にしつつも、人の評判を周りにしつこく聞きまわるのも失礼だと白眉は簡雍に対する好奇心を独り抑えて遠目から観察していたところに、今回の同行の話が持ち上がって来たのだった。

「簡雍様、ですか」

いつもどおりの口調を心掛けたつもりだったが不安な心情が滲み出てしまったらしい、諸葛亮が口元を羽扇で隠して小さく笑う。

「心配ですか、馬良殿?」

「い、いいえ。そのようなつもりでは」

二人の人選にケチをつけるつもりは無いのだと馬良が慌てて首を振ると、劉備も頬杖をついて構うことは無いと笑みを見せた。

「隠さなくともよい、そなたの戸惑いは良く分かる。あいつは随分とだらしがない男だからなあ」

「い・・・いえ・・・」

己の本心をつく言葉に思わず俯いた白眉を、劉備は朗らかな笑い声で和ませようとする。

「ははは、良いのだ、あれのだらしなさは本当の事ゆえ。だがな季常、憲和のことは心配しなくとも大丈夫だ」

しっかりとした劉備の声に、馬良がはっと顔を上げた。

真っ直ぐにこちらを見つめる君主の目に一点の曇りもない。

「大丈夫、簡憲和は仕事をきっちりやり遂げる男。それに季常、交渉の要は何よりもそなただ。あれの世話も含めてよろしく頼む」

劉備の言葉に諸葛亮も目を細めて頷いている、そんな二人の簡雍への信頼がどこから来るのか馬良は分からぬまま、君主たちの期待に応える為にと頭を深く下げたのだった。

 

馬良は簡雍を連れて知人宅へ向かい、相手の厚意に甘えて休憩がてら、これから挨拶へ出向くための準備もそこでさせて貰うことにする。

二人はそれぞれ部屋を貸して貰うと、馬良は持参してきた着替えの入っている包みを解いた。

道中の土埃が掛かった服を脱ぎ、劉軍の使者としての装束へ袖を通す。

従者を呼び入れて髪を結い直す手伝いをさせ、馬良が自らの冠へ再び簪を挿し通し終えるのに大した時間は掛からなかった。

彼にとってこうした身支度は公私関係なく日常の一環である。

本当は髪結いも己ひとりで済ませることだって容易なのだが、今は初見の人物に会うということで念を入れて姿を整えたという話でしかない。

従者を下がらせ髪結いの道具を片付けながら、馬良は隣室の簡雍がふと気になった。

劉備と諸葛亮から簡雍に関しては大事無いとの言葉を伝えられてはいるが、先程までの身だしなみを思い浮かべるとどうしても心配になってくる。

思えば、彼の正装姿を目にしたことが無かったとこの機に気付いてしまった。

だが、まさかあの姿で今まで劉軍の使者として交渉してきた訳ではあるまい、従者も連れてきているし、と馬良は自身に大丈夫だと言い聞かせるように独り首を振る。

その瞬間、以前、末弟の馬謖に言われた言葉を思い出した。

『良兄上は心配が過ぎる時があります』

言われた当時は自分の心配性を加速させる張本人が言うことではありません、と返した憶えがあるが、いまの状態を俯瞰して眺めてみれば末弟の言葉を素直に受け止めて苦笑いするしか出来ない。

更に考えれば、己よりも年上の簡雍へ対して身支度のあれこれに過分な心配を向けるのも失礼な話である。

君主と軍師の話を信じて、取り敢えずは彼が支度を終えて待ち合わせにしているこの部屋へやって来るのを馬良は大人しく待つことにした。

 

何度目かに空になった茶碗へ、水を足す気にはもうなれない。

兄弟の中で一番の我慢強さを誇る人物と弟達から恐れられる馬良が、小さなため息を宙へ向かってまたひとつついた。

簡雍を待つと決めて椅子に腰を落ち着けてから半刻はゆうに過ぎている。

時間には余裕を持って来ているので相手との約束についての心配は無いのだが、同行者の身支度待ちでこれだけ待たされたことが無い馬良は流石に退屈さと心配を覚えた。

「・・・・・まだでしょうか」

見飽きてしまった室内の装飾や置物を形ばかりにぐるり見渡すと、彼はぽつんと独り言を落とす。

手がすっぽりと隠れる衣装の袖を軽く引き上げて己の黒髪を撫でつけ、再び蘇ってきそうになっている不安から気を逸らせようとした。

だが、今の馬良へその不安から気を逸らせる目新しい何かは存在していない。

部屋を貸してくれた宅の主は用事があるからと外出してしまっている為に話し相手もおらず、白眉は肩を竦めて椅子から立ち上がった。

落ち着きなく部屋の中を歩き回るのはどこからか観察しているはずの宅の者達から見っとも無く映るだろう。

どうせ動くなら、と馬良は何かを決めて部屋の扉に手を掛けた。

半刻も待ったのだ、流石に相手も半裸ではあるまい。

様子を見に行き、もし身支度で困っているのであれば手伝おうと、彼は簡雍の居る部屋へ向かうことにした。

「簡雍様」

相手が居るであろう部屋の扉前で声を掛ける。

「簡雍様、入っても宜しいでしょうか?」

返事が聞こえなかった気がして馬良がもう一度声を投げれば、中から応と返事が聞こえた。

失礼しますと言いながらそっと扉を押し開け入室した馬良は、目の前の光景に思わず小さく声を上げる。

「悪い、待たせてるな」

既に着替えを終えている簡雍が両袖をたくし上げて鏡とにらめっこをしたまま、馬良へ話し掛けた。

「あとはこの冠に、簪を挿せば出来上がりだ」

いつものざんばらな垂髪頭とは打って変わり、今の簡雍の長い癖っ毛は後れ毛一本も残さない美しい髷へと結い上げられている。

「あ、あの。お手伝い致しましょうか?」

始めて目にした簡雍の髷姿に戸惑いつつも馬良が気遣いを示すと、相手は軽く否と返した。

「こういった支度はてめえで全部やるって決めててな。ちょっとその辺に座って待っててくれ」

髷に冠を被せ、口にくわえていた簪を慎重に冠へ通してゆく。

傍らの椅子に座りその様子を見つめる馬良は、簡雍の真剣な横顔にただただ驚くばかりだ。

着替え終わっている彼の衣装も改めて眺めれば着方に一切の乱れは無く、形式にのっとった姿である。

「どうして・・・」

馬良は思わず、気持ちを声に出してしまった。

「あ?なんだ白眉??」

いえ、と慌てて誤魔化そうとしたが、簡雍は鏡から視線を外し、こちらの方へ怪訝そうな顔を向けている。

白眉を下げ困った表情を見せていた馬良が、恐る恐る口を開いた。

「・・・そのようにしっかりお姿を整えることが出来ますのに、簡雍様はなぜ劉軍の皆様の前でこのご様子をお見せにならないのですか?」

馬良からの問いに、簡雍はたくし上げていた袖を直しながら鼻を鳴らす。

「俺は面倒くさがりなんだよ。毎日こんな格好するのは窮屈だしな」

軽い口調で簡雍は話しているが、身だしなみを整えた彼の所作はぴしりと美しく、実は礼儀作法も心得ている人物だと見抜いた馬良は袖口を握りしめて軽く身を乗り出した。

「ですが!簡雍様の本来のお姿を面倒くさいの一言でお見せしないのは勿体無いと思います。人によっては・・・っ」

途中まで言いかけた言葉を、馬良は慌てて呑みこむ。

そんな彼を簡雍は余裕の笑みを浮かべて見つめた。

「よっては?」

簡雍の視線から逃れるように、馬良は顔を背けて口ごもる。

「・・・いえ・・・」

「酒好きでだらしのない中年男が、昔馴染みってだけで肩書を貰って劉備の傍にくっついてるって話だろ?」

「っ!」

図星を突かれた馬良がぱっと顔を上げれば、相手は口を開けて大笑いした。

「あっはっはっは、んなモン昔っから言われ慣れてるから隠すこたぁ無えのに!優しいな、お前さんは」

「笑い話ではありません!いわれも無い陰口ほどつまらないものは・・・」

「言わせとけば良いんだよ」

まるで他人事のように言い捨てられた一言に、馬良は目を丸くして言葉を失う。

顎髭を撫でながら簡雍は片方の口角を上げて皮肉気な笑みを浮かべた。

「俺は劉備の為に仕事をしてるんだ。陰口を叩く奴らのためじゃあねえ。劉備と、あいつが信頼してる身近な奴らが俺の事を分かってさえいればそれで用は足りる。集団の端っこから外見でしか判断できねえ、挙句陰口しか叩けねえちっさい馬鹿共なんざ放っておけ」

平素の様子から噂される憶測など小事でしかないと語る簡雍へ、馬良は違うと反論する。

「わ・・・わたくしも、簡雍様のことを外見で判断した馬鹿者です。いま、こちらへ参りましたのも貴方様のご用意が出来ていらっしゃらないのではないかと不安になってしまったゆえ・・・」

「で、来てみたら驚いたと?」

簡雍からの問いに、馬良は素直に頭を下げてはいと小さく答えた。

「・・・・・申し訳ありません・・・・・」

どこまでも正直な言動でこちらに誠意を見せてくれる白眉を簡雍は眩しそうに眺め、肩を竦める。

「いや、それでいい。むしろ賢いお前さんがそう思っていてくれたんなら好都合だ」

「え?」

無礼を許す以上に今までの自分の穿った見方を褒めるような相手の言葉に馬良が首を傾げると、簡雍は周囲に脱ぎ散らかした服を片付け始めていた。

片付けが一番嫌いだ、と彼は零しつつ己の言動を静かに見守る馬良へちらりと視線を投げる。

「なあ馬良。仕事って俺達は一括りに言ってるが、俺が受け持ってるモンとお前さんが受け持ってるモン、種類が違うのは分かるよな」

「ええと・・・部署的な違い、というお話でしょうか?」

馬良なりの返事を、簡雍は片付けの手を一瞬止めて頭の中で反復させ、ほうと呟いた。

「まあ、そうとも言えるか?・・・でな、お前さんから見た劉備は陰と陽、どっちの人間に映る??」

そう問われた馬良の脳裏に、初めて顔を合わせた時に見せた、劉備の華やかな笑顔が瞬時に蘇る。

周囲の者たちが自然と微笑んでしまうような、温かく明るい笑顔の持ち主に似合う種類は一つしかない。

「殿は、陽の御方ですね」

間を置かずに返ってきた答えを、簡雍は満足そうに頷いて受け止めた。

「いいな、その即答。そう、あいつは間違いなく陽の輩だ。お前さんもそっちの部類だろう。だが、世の中の仕組みやら政治ってやつにはその逆の立場も居なきゃ上手くいかねえ。陰陽の理(ことわり)で行くとな」

簡雍の話にじっと耳を澄ませて聞いていた馬良の瞳が何かに気付いたように揺れる。

「それは・・・」

「役人を歴任してきた名門一族の馬家のお前さんなら、嫌という程分かる話だろ」

ぐっと声の調子を落として問いかけてきた簡雍の視線から逃げることなく、馬良は凛とした表情で見つめ返した。

「否定は致しません。政が綺麗事で済む世界ではないことは重々承知しておりますから」

へえ、と簡雍が意外そうな顔をする。

「お前さん、もっとやわやわした人間かと思っていたんだが。中身は随分と肝が据わってるんだな」

それを聞いた馬良はきらりと目を光らせて悪戯気な笑みを浮かべた。

「まあ、もしや簡雍様も見た目でわたくしを判断されていらっしゃったのですか?」

思わぬ反撃に簡雍は参ったというように首筋に手を当てて苦笑いを見せる。

「はっは、そういうことになるな。悪かった!じゃ、さっきのお前さんの話とおあいこにしといてくれ」

「ふふ、承知いたしました」

穏やかに微笑んで頷く馬良を見つめる簡雍が、不意に嗚呼と呟いた。

「そうか。成程ね」

「?簡雍様、いかがなさいましたか??」

独り言の意味を簡雍は説明してくれず、不思議そうな顔の馬良へ向かって場の空気を変えるように片手をひらりと振る。

「馬良、話を戻すぞ」

簡雍の低めの声に、幾度かの瞬きをした馬良が居住まいを正した。

「・・・陰陽、のお話でしょうか」

「ああ。俺はな、劉備と逆の種類の仕事を請け負ってる奴だ、昔っからな」

黙って話を聞いている白眉の眉間に軽い皺が寄る。

「だから、劉備とおんなじ事をする必要がねえんだよ。むしろあいつとは逆の事をしてやらなきゃこの軍はひ弱さに流されて甘くなる」

民衆の前に立ち、大徳の光を掲げる理想的な存在は一人でなければ特別感は生まれない。

そのたった一人の光を更に強く、眩しく見せる為に必要なもののひとつに陰の存在が要るのだと目の前の男は言葉少なに馬良へ語った。

「そんな役で働く薄暗い男が軍内でお堅い肩書貰って、下の奴らから尊敬される人間になっていたら笑い種だ。元々俺はそういった生き方が嫌いだしな、酒飲みながら噂話を聞いて、あちこち出歩いてる今くらいが丁度いいのさ」

目の前の簡雍が己に語っている話は、他所で語るべき内容ではないと白眉は気付いて困惑の表情を見せる。

「簡雍様。なぜ、わたくしにそのような大切なお話を・・・?」

顎を撫でながら簡雍は軽い調子でそうだなと宙を見上げた。

「お前さんとは長い付き合いになりそうだからな。早めに教えておけばお前さんも動きやすいだろ」

馬良に付いて交渉の手伝いをしてきて欲しい、と劉備から頼まれた時、簡雍もなぜ己が、と不可解な声を出した憶えがある。

その際の劉備は理由を告げずただ微笑んで、これからのお前にとって必要だから、としか話してくれなった。

いまの簡雍ならば、その言葉の意味が分かる。

抜きんでた才を持つだけではない、猛々しい武官とも対等にやりあえる程の芯の強さを持つ馬良の真を劉備は早々と見抜いていたのだ。

硬柔持ち合わせる秀才は簡雍の裏表の生き方を理解してくれる数少ない一人として、あの昔馴染みは遠回しに馬良を自分に会わせたのだろう。

劉備の温かい配慮にくすぐったさを感じた簡雍はわざと明るい声を張り上げて、にっと人懐っこい笑顔を作った。

「それに劉備からの頼みなら断れねえ。俺が仲間内でこんな良い男ぶりを見せるのは滅多に無いんだがな、今日は特別だ!」

帯皮に手を添えて格好つければ、馬良は口元に手を当てて上品に笑っている。

「ふふふ、それは良い機会に恵まれました。帰りましたら殿にお礼を申し上げておきませぬと」

「おう、大変魅力的で素敵なお方とご一緒出来て幸せでしたって?」

「いえいえ、大変面白い御方とご一緒させていただきまして笑いが止まりませんでした、と」

こちらが漂わせる色気の欠片も見えていないというような馬良の返答に、簡雍が脱力したように肩を落とせば、相手からまた朗らかな笑い声が上がった。

その笑い声にはこちらの照れ隠しを見透かされていた様子が伺えて、簡雍は形無しといった顔しか出来ない。

「・・・馬良、お前なあ・・・」

「季常で結構でございます」

にこにこと微笑みながら、馬良は簡雍へ向かって頭を下げた。

「簡雍様、とても大切なお話をして下さいまして、ありがとうございました。わたくしも貴方様の信にお応え致しましょう」

改まった馬良の言葉に簡雍は目を細めて首を振る。

「ありがとうな、季常。だが俺じゃなくって、劉備を助けてやってくれ。あいつは昔っから随分と抜けてる所があるから・・・」

「簡雍様は、劉備殿のことを本当に大切に思われていらっしゃるのですね」

あまりに真っ直ぐな相手の言葉に簡雍は瞬間、動揺した。

だが、彼は瞳すら揺らさず、自然な明るさで嗚呼と答える。

「お前さんとおんなじさ。季常だってあいつの人柄に惚れたんだろ?」

特別な思慕では無い、という意味合いを、簡雍はあえて言葉に乗せた。

そんな相手の巧みな誤魔化しに気付かない馬良はそうですねとのんびり笑っている。

心の奥底へ幾重にも折りたたみ、慎重に隠し込んだ感情を知られずに済んだ簡雍もその笑顔につられるように白い歯を見せた。

「後悔するなよ、季常。劉軍で仕事ができる奴は、これからあの人たらしに散々振り回されるからな?」

「まあ・・・ふふふ、簡雍様のお言葉には重みがございます。覚悟致しましょう」

ふわふわと笑う馬良に簡雍が本当に大丈夫かと肩を竦めていると、部屋の外から従者の声が聞こえてくる。

面会の時間が近づいてきたとの知らせに、馬良はすっと立ち上がって従者へ承知の返答をした。

「お時間のようです。参りましょう、簡雍様」

「おう。劉備の書簡はあるか?」

「はい、こちらに」

胸元に差し込んでいた書簡を相手に見せると、馬良は深呼吸をする。

僅かに緊張を滲ませている白眉の肩に、簡雍が大きな手を乗せた。

「大丈夫だ、ゆっくり行こうぜ」

胸元に手を置いて、馬良が簡雍へ微笑んでみせる。

「ありがとうございます。ですが、もし・・・」

不安を口にしかけた馬良へ簡雍は首を振って心配するなと語り掛けた。

「なに、お前さんの口調だけで相手は安心しちまうさ。肩肘張らずいつも通りで良い」

ぽんぽんと軽く肩を叩いてやると、ふうっと相手の身体から余計な力が抜けてゆく。

それでいい、と伝えれば白眉の表情が安心したように柔らかくなった。

「ありがとうございます」

「いい顔だ。任せていいな?」

「はい」

簡雍へしっかりと頷いた後で、馬良がちらりと目に悪戯気な光を宿す。

「無事に交渉が終わりましたら、こうして励まして頂いたお礼をしなくてはなりませんね、わたくし」

白眉の言葉に簡雍は片眉を上げて首を傾げた。

「うん?別に礼なんて大仰なモンはいらねえぞ??」

素っ気ない返答に馬良は大仰な様子でまあと声を上げる。

「左様でしたか。こちらの町は美味しいお酒があると地元では有名なのですけれども?」

「な・・・」

酒、と聞いて目の色を変えた簡雍を見て馬良が楽しそうに笑った。

「お仕事が無事に終わりましたら、が前提でございますよ」

「なら頑張れ季常!その酒の為に!!」

「ふふふ、そうですね。一足早い祝杯を頂く為に努力致しましょう」

長く美しい黒髪を翻らせ、馬良は部屋の出口へ向かう。

その凛然とした後姿を眺めていた簡雍も背筋を伸ばして息をひとつつき、真っすぐに前を見据えて一歩踏み出した。

劉玄徳からの使者として相手方の城内に入った馬良と簡雍の二人の礼儀正しさ、口上の上手さは予想通りに先方の度肝を抜き、さすが劉軍、部下まで逸品よと日を待たずして劉備の元に従属の知らせが届いたのは言うまでもない。

そして馬良と簡雍の交渉時の立ち振る舞いの見事さは、後日城下に住まう者達にまで噂が広がった程であったという。

 

 

 

(おしまい)

 

 

 

 

ありがとうございました。

マニアックな小説にお付き合い下さいまして、本当にお疲れ様でした。

文官なりの戦い方、という視点で一度お話を考えてみたくて妄想してみました。

実際の時代背景の設定は完全に無視して書きたいようにやっております。

最近は簡雍さんや馬良さんに入れ込んでおりまして、自分の中では正反対の生き方をしている二人がどう理解し合ってタッグを組み、劉備の為に働こうとするのか、と考え始めたらえらい長くなりました()

簡雍さんは酒癖が悪いとか仕事好きそうじゃないイメージが強い方なので、そんなイメージの彼が実際は凄い出来る仕事人だったら馬良さんや他の人たちとも信頼関係を築けますし、私が好きなタイプだなーと思ってですね。

馬良さんもふわふわしているように見えて中身はとっても切れ味鋭い出来る方にしています、私が好きなので()

またこんな感じでマニアックながら好きなキャラ達でわちゃわちゃ書いていきたいです。