こんばんは!
こちらでは久しぶりの更新となります、お待ちくださっていた方がいらっしゃいましたらすみませんとありがとうございます!!
いつも応援してくださる皆様にたくさんの感謝を。

本日は9月9日、ということで、旧暦では「重陽の節句」とよばれる節句のひとつをネタにしてみました。旧暦に合わせると現在のカレンダーでは10月の半ばになるようです。
でも内容は変わらず趙劉です。
お時間御座いましたらお付き合いくださいませ~


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菊花によせて <重陽の節句・趙雲と劉備>

 

 

 

気遣うような響きで朝の挨拶を伝えながら部屋に入って来た相手に、劉備はいつも通りの声でおはようと返しながら、彼が手にしている盆の上へ乗せられた品に何やら思い出した表情を見せた。

「そうか、今日は節句であったか」

はい、と相手が穏やかに頷く。

「一年とは早いものです」

劉備は腰かけていた寝台から立ち上がり、卓の上に盆を置く趙雲へ歩み寄った。

「ああ、今年も美しく咲いてくれた」

そう言いながら盆の上に飾られた菊の花へ指先を伸ばす主を、趙雲は優しく見つめている。

「それも劉備殿がこの国をしっかりと治められていらっしゃるからこそ、ではないでしょうか」

花を一輪、手の平に乗せた劉備が眉を下げて肩を竦めた。

「いいや、この国が争いなく治まっているのはそなたや孔明、義弟たち・・・皆々のお陰だ。私ひとりでは何も出来ぬゆえ」

「とんでもありません。皆がここへ集っているのは貴方様がいらっしゃるからこそ。劉備殿の温かいお人柄が私どもをこうして一つに纏めて下さっているのです」

大真面目に首を振って主の存在の大切さを説く相手に、劉備は照れたような笑みを見せて趙雲の袖を軽く引く。

「朝から褒め過ぎではないか?子龍」

相手の仕草に趙雲ははっと我に返ったような様子を見せ、目元を僅かに赤らめ慌てて拱手の姿勢をとった。

「い、いえ!褒め過ぎということでは・・・しかし殿がお困りになったのでしたら申し訳なく・・・!」

頭を垂れて謝罪する趙雲の手に己の手を重ねた劉備は構わない、と穏やかに告げる。

「そのように謝らないで欲しい。子龍の言葉が嫌だと感じたことなど無いぞ?顔を上げてくれ」

「殿・・・」

さあ、ともう一度促された趙雲がゆっくりと顔を上げれば、目の前の相手は優しく微笑んでいた。

「せっかく綿に含ませた露が乾いてしまう前に、私の身支度を手伝ってはくれぬか?」

盆に乗せられた菊の花と、その菊花の朝露を含ませた綿(わた)の山へちらりと視線を投げた劉備の言葉に、趙雲は大きく頷き拱手の姿勢を解く。

「はい!喜んでお手伝い致します」

その声と共に君主の衣装の準備に動き始めた趙雲の姿を眺めつつ、劉備も寝衣の帯へ手を掛け、忙しくなりそうな今日の予定を頭の中で確認し始めた。

「子龍、今年もあの山へ登るのだろうか?」

劉備の問い掛けに趙雲は手を動かしながら、はいと答える。

「特に急ぎの要件が入らなければ、城の守りを関平と関索に任せ、皆で揃って行く予定となっております。今日は良い秋晴れとなりましたから」

精悍な顔つきの関平と、優しげな雰囲気を漂わせる関索を思い返し、椅子に腰かけた劉備は微笑んだ。

「そうか、あの二人ならば疫病神もかなうまい」

劉備の傍らに着替え一式を置いた趙雲も、節句の説話と掛けた彼の言葉を聞いて背後に回りながら小さな含み笑いを漏らす。

「はい。関羽殿に鍛えられた成果を見せて貰いましょう。お待たせいたしました、劉備殿」

その言葉を合図のように、劉備は寝衣の帯を緩めてするりと上半身の肌を晒した。

「子龍、後ろを頼む」

いつも通りに朝の支度を手伝っている筈なのに、今日の趙雲には朝日に照らし出された劉備の白い肌が酷く眩しく見えて、思わず目を逸らす。

背後にいる忠臣のそんな動揺に気が付かない劉備は卓の上の綿をひとかたまり手に取り、そっと鼻先を寄せる。

「僅かだが、香るものだな」

劉備の言葉に趙雲も急いで綿を手にすると、嗚呼と同意する声を出した。

「そうですね・・・集めている時には気が付きませんでしたが」

おやと劉備が相手の言葉に振り返る。

「今年もそなたが用意してくれたのか?」

綿を持ったままで趙雲がはにかんだ様な表情を見せている。

「僭越ながら・・・」

その控えめな返事に、劉備は朗らかな笑みで応えた。

「そうだったのか。朝早くから手間を取らせてしまったな、ありがとう」

劉備の笑顔と感謝の言葉に、趙雲の顔に嬉しそうな色が浮かぶ。

「いえ。大切な行事ですから」

「ふふ、では子龍の気遣いが無駄にならないように使わせて貰おう」

綿に含ませた露が乾かないうちにと、劉備は己の肌へしっとりと濡れた綿を当てた。

劉備の動きに合わせるように趙雲も失礼しますと声を掛け、手にした綿で相手の背を優しく撫で始める。

白い肌に添えた己の手が、緊張から酷く熱くなって汗ばんでいるほどだ。

平静を装いつつ劉備の背を清める趙雲は、この緊張が相手に伝わらないようにと願っている。

劉備も劉備で相手の大きな手の温みを背に感じながら、自分の耳が赤くなってはいないかと一人どぎまぎしつつ、一年に一度の特別な朝の邪気払いをこなしていた。

 

重陽の節句に小高い場所へ登るのは、道教の神仙説話に由来があるのだという。

とある村の者たちが川からやって来る疫病神から逃れるため、仙人から授けられた菊を漬けた酒を携え、グミの葉を身に着け、高い山に登って難を逃れたという話が重陽の節句の起源だと言われている。

「汝南の厄神退治か・・・公嗣が幼いころは皆で代わるがわる話して聞かせたものだ」

予定通り昼過ぎに城からほど近く登りやすい山の頂で、劉備を始めとした蜀の面々がささやかな重陽の節句の宴を開いていた。

皆から少し離れた岩場に腰かけて秋の爽やかな山風に袖をゆるくはためかせ、菊の花弁が数枚浮いた酒を片手に懐かし気に話す父の顔を、劉禅は穏やかな目で見つめる。

「はい。語る者によって中身が変わっていたような覚えもありますが」

盃につけた唇を離して、劉備は不思議そうに片眉を上げる。

「変わる?話はひとつでは無いのか?」

父の問いに劉禅は首を振って微笑んだ。

「いえ、話自体は同じなのです。ただ、物語全体をうまく纏めて話してくれる者、主人公の若者が疫病神と戦う場面のみを事細かに語って下さる方、菊酒の薬効やグミという植物の特徴を重点的に語る者、その話自体がどの地域が舞台で地理がどのようになっているか、から話し出す者、酒自体の良さだけを語り尽くす方、とそれぞれで」

成程、と劉備は息子の言葉の使い分けから誰が何を語ったのか想像がつき、思わず苦笑いを零す。

「それぞれの得意分野で勝手に語られたという事か。お前は聞き上手だからな」

さて、と劉禅は盃を両手の指先で捧げるように持った姿で小首を傾げた。

「皆からはそのように言っては貰うのですが、私自身がどこまで覚えているかは、また別のお話になるかと」

褒められると素直に喜ばず、するりと巧みに誤魔化す息子の額を劉備はこいつは、と小突いて二人で笑っていると、背後から声が掛けられる。

「殿、劉禅様。料理と酒は足りていらっしゃいますか?」

酒瓶を片手に趙雲が気遣いの言葉を口にした。

振り向いた劉親子は大丈夫だとにこやかに頷き、問いへの返事にする。

「私たちよりも子龍はちゃんと楽しめているのか?他の皆の世話もしているのだろう??」

劉備に軽く手招きをされてその傍らへ片膝をついた忠臣は、心配はないというように微笑んで見せた。

「ありがとうございます。食事は従者達に任せてありますので、私も十分に楽しませて頂いております」

「叔父上たちには捉まらなかったのか?」

蜀将の中でも酒豪と有名な劉備の義弟たちの事を劉禅から訊ねられた趙雲は、はいと返す。

「お二方ともそこまで酔ってはいらっしゃいません。それに、この場では飲み比べをするほどの酒は持って来ておりませんから」

そうそう、と劉備も話に入ってきた。

「このような場所で飲み潰れられては困る、と孔明が持ってくる酒の量を減らしたのだ」

ああ、と劉禅がくすくすと軽やかな笑い声を上げる。

「そういう事でしたか。確かに、叔父上たちがここで寝込んでしまっては皆困ってしまいますね。あの大きな身体では」

くいと盃を空けて劉備も肩を竦めた。

「秋の山は思っているよりも冷えるからな。特に酔い潰れた翼徳を放っておくわけにもいかぬゆえ、ここでは我慢させている。あれは早く城に戻って酒を飲みなおしたいであろうな」

そう語る劉備と、父の言葉を楽しそうに聞いている趙雲を劉禅は交互に眺めると、急に何かを思い出したように腰を上げる。

「でしたら、私が叔父上たちの様子を見て参ります。子龍、その酒を貸してくれぬか?」

劉禅からの突然の言葉に、趙雲は少し驚いた様子を見せた。

「あ、宜しければ私もご一緒致しますが・・・」

「いや、先程皆で乾杯したあと、叔父上たちに酌をしないままだったのを思い出したのだ。子龍はここで父上の話し相手になっていてくれ」

酒瓶を寄越すようにとこちらへ手を差し出された趙雲は、素直に劉禅の言葉に従って良いものかと忠臣の思考で迷う。

そんな彼からそっと酒瓶を取り上げて劉禅へ渡したのは劉備であった。

「話し相手、ときたか。少々年寄り扱いではないか?公嗣」

大切そうに父から酒瓶を受け取った息子は、目を細めて笑う。

「決してそのようなことはありませぬ。ただ、今日は長寿を祈る日。それが私よりも年長である父上や子龍がただ楽しく過ごせる日であっても宜しいのではないかと、そう思っただけです」

悪戯気な瞳で二人へそう告げると、劉禅は一礼して関羽と張飛の元へさっさと行ってしまった。

息子からの思わぬ返答に劉備がただぽかんと去ってゆく背を見つめていると、傍らで密やかな笑い声が聞こえてくる。

「言い返せませんでしたね」

口元に手を添えて苦笑いしている趙雲に気付いた劉備が小さく唸って手酌で盃を満たそうとしたら、趙雲に酒の入った容器をさっと奪われた。

「殿」

優しい声で酒器を捧げ持つ趙雲に誘われるように劉備が己の盃を手にすると、白色の酒が滑らかに注がれてゆく。

盃が酒で満たされると、酒注器を乗せている盆の上に飾られた黄色い菊から花弁を数枚ちぎり、趙雲はそれを劉備の酒の上に散らした。

どうぞ、と勧める忠臣へありがとうと劉備は返し、盃へ唇を寄せる。

菊の花が漬け込まれた酒をゆっくり飲み干す劉備の横顔を、趙雲は静かに見つめていた。

凛とした菊の香りを鼻の奥に確かめながら盃を空けた劉備が自分からも、と趙雲へ酒を勧めるが、相手は少し困った顔を見せる。

「申し訳ありませぬ。自分の盃を向こうへ置いてきてしまいまして・・・少しお待ちいただけますか?」

気遣いに直ぐに応えられず申し訳ない、と腰を上げかけた趙雲を、劉備がやんわりと押し留めた。

「ならばこれを使えば良い」

そう言って自らの盃に残った酒の雫を振り落として差し出した劉備に、趙雲が驚きの声を上げて首を振る。

「とんでもありませぬ!そのように、勿体無きこと・・・!」

主君の盃を借り受けるなど、趙雲のような忠臣に取ってそれはよっぽどのことでない限りはあり得ない話だ。

手を出そうとせず恐縮するばかりの趙雲へ、劉備は構わないと笑って盃を差し出している。

「そなたが使っても減るものではあるまい。今日は緩やかな宴、目くじらを立てる者はいない」

「い、いえ!己の品を取って・・・」

「子龍」

主君の優しさに思わず甘えそうになるが今は周りに人もいる日中、ぐっと堪えて己よ忠臣たれと再び立ち上がろうとした趙雲の袖を、今度の劉備は呼びかけと共に強めに引いた。

「そなたが戻るまで、私に独りで酒を飲めと?」

片眉を上げて試すように問うてきた劉備の様子に、趙雲は目を泳がせて、ですが、しかし、と返答に困っている。

狼狽にも近い状態の趙雲へ劉備はもう一度、子龍、と呼び掛けて掴まえた腕を軽く叩いた。

「大丈夫、誰も咎めぬ。・・・それに、公嗣の気遣いをも無にしてしまうのか?そなたは」

とどめの一言を口にされては、流石の趙雲も三度目の固辞は出来ない。

眉を下げて恐縮している表情のまま、趙雲は頭を下げた。

「申し訳ありませぬ・・・では、ご厚意に甘えさせていただきます」

うん、と気楽な声で劉備は嬉しそうに趙雲へ盃を渡す。

両手でそれを捧げ持ち、ゆっくりと注がれてゆく酒を趙雲は目に焼き付けるようにじいっと見つめた。

己がやったように劉備も菊の花弁をちぎり、はらりと酒面へ散らす。

「子龍のこれからの一年の無事を、息災を祈ろう」

劉備はそう告げると、微笑んだ。

盃を捧げ持っていた趙雲はその言動にはっとした表情となり、目を潤ませる。

急いで顔を俯かせ、暫くなにやら思案していた趙雲が小声で頂きます、と言うと面を上げて一息に盃を空けた。

そして劉備の顔を見つめて笑い掛ける。

「貴方様のこれからの一年が息災にあられますように、私は貴方様の為に精進致します」

趙雲の言葉と笑顔が、酷く眩しく目に映った。

鼻の奥に残った菊の凛とした香りが今の忠臣の様子にとても似合っていて、劉備の胸がとくりと鳴る。

丁寧な所作で盃を返す趙雲の指先と己の指先が、ほんの一瞬だけ触れ合った。

「劉備殿」

誰にも聞こえないようにと、慎重にそっと呼び掛けられた甘やかな囁き声。

その声に、今朝がた自分の背に触れた趙雲の温かく大きな手の感触が蘇る。

盃を受け取った指先が、相手から向けられた愛情に気付いてぴくりと跳ねた。

「子龍・・・」

自然と空いた片手を胸元に当てて、目元を赤く染めた劉備の声が掠れる。

「ありがとうございます、劉備殿」

今の時間では決して口に出来ない気持ちを平凡な感謝の言葉に籠めて、趙雲は頭を下げた。

うん、と小さな声で返ってきた短い返事は、趙雲の胸を酒とは違う温もりで満たしてくれる。

思わず顔を上げて思慕の欠片を口にしてしまいたくなるが、自分たちより少し離れた場所から、関羽が劉備を探すような声が響いてきた。

「そろそろ山を下りる時間でしょうか」

声の方へ顔を向けて気持ちを切り替えた趙雲から、劉備は目を離せずにいる。

返事が無い事に気付いて視線を主君へ戻すと、相手は己を見つめていた。

酒のせいなのか、顔をほんのりと染めて目を潤ませている劉備に、趙雲の拍動が速まる。

「り、劉備殿、」

このような時間に見慣れない様子を目の当たりにして動揺する趙雲へ、艶の混じった笑みを浮かべて劉備が手を差し出した。

「雲長が心配しているようだな。すまぬが手を貸して欲しい」

「は・・・はい」

腰かけていた岩から立ち上がる手助けとなるように劉備へ手を差し出すと、己よりも小さいがしっかりとした手が重なる。

一度はすっと綺麗に立ち上がった劉備だったが、足元の小石によって不意に体制を崩し掛けた。

「っ、殿!」

趙雲は咄嗟にもう片方の空いた手で劉備の身体を支える。

「あ・・・ありがとう・・・」

腰を支えるように自分を扶けてくれた趙雲との距離の近さに、劉備の顔が一気に熱くなった。

「お怪我はありませんか?痛みなど」

心配そうな忠臣の声に、俯いたままゆっくりと首を振る。

「ああ、大丈夫、どこも痛みは・・・」

「劉備殿」

繋いだままの手を、きゅっと握られた。

顔が熱くて相手の顔を見ることが出来ず、劉備は相手の靴先を見つめるしか出来ない。

ほんの数秒の沈黙の後、趙雲の静かな響きが耳に届いた。

「・・・参りましょう。酒などは私がお持ち致します、殿はお先に行かれて下さい」

「・・・ああ」

音を立てずに趙雲の身体が離れる。

そして兄者、と自分を呼ぶ関羽の声に劉備は甘い空気を振り払うように髪を撫でつけ、義弟に怪しまれてはならない、と彼は急いで此処だと返事を投げた。

此方の声に気付いてやって来た関羽は、義兄の姿を見付けてほっとした表情を見せる。

「このような場所におられたのですか。探しましたぞ」

「すまない、公嗣と子龍で昔話をしていたら時間を忘れてしまってな」

「・・・おや、禅様は我らと一緒でしたが」

「その前の話だ。あれは子龍に私の話し相手を任せてお前たちの所へ行ったのだ」

「左様でしたか」

自慢の長い髭を撫でながら軍神は岩の上に広げられた器などを纏めている趙雲へちらりと視線を投げた。

その様子に気付いたように、趙雲は関羽へ向かって笑みを見せる。

「劉禅様は張飛殿が飲み過ぎていないかとご心配されて、そちらへ行かれたのです」

ほうと関羽の目が細められた。

「禅様のお優しさも兄者に良く似られたものよ」

ええ、と趙雲も頷いて、纏めた品を両手に抱える。

「お待たせいたしました、参りましょう」

劉備と関羽を先に行かせ、趙雲は後からついていった。

これがいつもの距離感であると忠臣は理解しているので義兄弟の穏やかな会話をそれとなく聞きながら歩みを進めていけば、ゆるゆると山を下り始めた仲間たちと合流する。

こうして仲間たちと他愛のない会話をしながら歩いていると、ほんの少し前に起こったあの甘いひと時は白昼夢だったのではないかとまで思えてきた。

荷物を抱えながら馬岱たちと山を下りている最中、こちらを探していたらしい侍従のひとりが慌てて趙雲へ駆け寄ってくる。

「趙将軍!たいへん申し訳ありません、お荷物は私が頂きます」

「ああ、すまない。では・・・」

「子龍!待ってくれ」

申し訳なさそうに荷物を受け取ろうとする侍従へ趙雲は素直にそれらを渡そうとした時、先に歩いていた筈の劉備の声が彼らの動きを遮った。

「劉備殿、いかがなされましたか?」

劉備がこちらへ向かってくる動きに合わせて、趙雲も皆の列から外れて足早に近寄る。

「その荷物の中に、取っておきたいものがあったことを思い出したのだ」

その言葉に趙雲は劉備が品物を見やすいようにと自らの腰を落として相手へ品々を向けた。

すまない、と劉備は告げて酒器の辺りを見渡す。

そして目当ての品を見付けると、迷わず手を伸ばした。

「暫く、水盆に浮かべておこうと思ってな」

趙雲へ見せるように手を広げたそこには、お互いの菊酒に散らすために何枚かの花弁がちぎり取られた菊の花。

それは、あのひと時が白昼夢などでは無かったと趙雲へ教えてくれる姿だ。

あ、と思わず小さな声を上げた趙雲に、劉備は小さく笑い掛ける。

「私の、大切な思い出だ」

誰にも聞かれないように小声で告げた劉備につられるように、趙雲の口元も嬉しそうに綻んだ。

「私にとっても、得難い思い出にございます」

劉備の手元の菊が、2人の間でふわりと香る。

山の木漏れ日に照らし出された劉備の笑顔は朝に見た彼の白い肌以上に眩しくて、趙雲はただ照れ臭そうに小首を傾げて笑み返すばかりだった。

 

 

 

 

 

(おしまい)

 



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最後までお読みくださいましてありがとうございました。
蛇足になるかと思いますが、重陽の節句についてほんの少しのご説明をば。
長寿を願う秋の節句として知られております。
菊を漬けた酒、または酒の上に菊の花を散らしたものを頂くという習わしが有名ですが、邪気払いの一種として「節句の前夜に菊の花へ綿を被せておき、当日の朝に花へ付いた朝露を綿へ吸わせ、その綿で身体を清める」というものもあるそうです。
今回は主にこちらへ食い付いたのがバレバレなお話となりました。
節句を始めとした季節を感じるお話を書くのはいつも楽しいです。