こんばんは!
2020年はじめての更新となりました。
遅ればせながら、本年も宜しくお願い致します。

今年は趙劉で小説本を出そうと思っておりますので、こちらの更新が少なくなるかと思われます。
本についてはおいおいお知らせしてゆけるように準備して参りますので、宜しくお願い致します!

今回はゆったりな趙劉話です。
年末年始もだいぶ前に過ぎ去ったような感覚ですが、そんな辺りの話題になっております。
今年もお暇つぶしのお供として楽しんでいただけましたらと願っております。
それでは本編へどうぞ!



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願いの香り <趙雲と劉備>

 

 

 

己の着替えの手伝いを終えた侍従たちが静かに退室して行った途端、劉備は力が抜けたように傍らの椅子へ深々と座り込んだ。

国の柱である王が政を担う主だった者達を伴って、年明けから約半月をかけて行う、自領地とそこに住まう民の安寧と繁栄を願う新年の祭事は、一年の内で最も重要な祭事であるといっても過言ではない。

祭事の日程や詳細はそういった物事に精通している諸葛亮とその部下達が如才なく準備進行してくれるので劉備自身が気を遣うことは無いのだが、なにせ一国の王である、全ての祭事に正装で初めから終わりまで居る必要がある。

そして祭事中に民や部下の幸せな一年を心より願い祈り続ける半月あまりの日々は、どうしても劉備の心身へ疲労が積み重なってゆき、毎年この一連の行事を終える頃の彼は自室で独り、疲れ切っているのであった。

着替えている最中に淹れておいて貰った温かい茶を一口啜ると、劉備はひじ掛けに頬杖をついて大きく息をつく。

今年の占いもまずまずの結果だった、豊かな実りがもたらされれば民たちの笑顔も増えるだろう。

皆にとってどうかよい一年であるように、と願う劉備の口元には穏やかな微笑が浮かんでいる。

連日続いた独特な緊張感より解放された彼は、片手に茶の温みを感じているうちに、自然と瞼が重くなってきた。

心地の良い眠気から椅子より立ち上がって寝台へ行くのも億劫になり、ほんの少しの仮眠のつもりで劉備はそのまま目を閉じた。

 

ふんわりと肩へ何かが掛かった感触に、劉備はまどろみより意識が浮上する。

僅かに身じろぎをしてゆっくりと目を開けた彼に、嗚呼と聞き慣れた声が届いた。

「起こしてしまいましたか、申し訳ありません」

「・・・子龍・・・」

掛けて貰った肩掛けの端を胸元でかき合わせつつ劉備が目の前の冷え切った茶器へ手を伸ばしている相手の名を眠気の残る声で呼ぶと、平服姿の彼は穏やかな笑みを返してくれる。

「はい。お戻りの際、随分とお疲れだったように見受けられましたのでご様子を伺いに参ったのです」

すっかり湯気の消えた茶が趙雲の手で下げられてゆくさまを眺めながら、忠臣の気遣いに劉備の目が細くなった。

「うん・・・ありがとう。いま、何時くらいだろうか」

相手から告げられた時刻からすると、自分が椅子でうたた寝をしていたのはほんの四半刻ほどらしい。

そうか、と返しながら目を軽く擦っている劉備へ、趙雲が穏やかな声で殿、と呼び掛けてきた。

「お食事までは時間があります。それまで横になってお休みになられては?」

椅子では無く、と素早く付け加えた忠臣の言葉に、劉備は口元を上げて首を振る。

「ああ、いや、大丈夫だ。少し寝たらすっきりしたから・・・それよりも子龍の方は?落ち着いたのだろうか」

「はい、祭事の片付けなどはあらかた終わりましたので、残りを部下に任せて参りました。それよりも殿のほうがずっとお忙しかったのです、お身体に不調はございませんか」

劉備が一連の祭事を行っている最中、共に行事へ参列しながら彼の警護も承っていた趙雲は、相手の日程の過密さと多忙ぶりを良く理解している。

そしてその中で彼の周りにいる者達や自身を慕ってくれる民達へ心からの祈りを捧げる劉備の姿を見て、行事を終えて心身ともに疲弊しているであろう今の状態を誰よりも心配していた。

不安げに眉をひそめてこちらを見つめる趙雲へ、劉備は心配ないというように微笑み、自らの首筋へ手を置く。

「大丈夫だ、そのような顔をしないでくれ。まあしいて言えば・・・そうだな、堅苦しい装束を毎日着ていたせいで肩がひどく凝ってしまったくらい、かな?」

悪戯気な声を出して大仰に肩を回して見せる劉備の様子に、難し気な顔をしていた趙雲の口元がようやく綻んだ。

「劉備殿・・・」

「ふふ、子龍も大変だったのだ。時間が出来たのならば夕餉まで私の茶の相手をしてくれぬか?久しぶりにのんびり過ごしたい」

願っても無い劉備からの言葉に、趙雲は目を輝かせて大きく頷く。

「ありがとうございます・・・!それはもう、喜んでご一緒させて下さい」

相手の素直な反応が嬉しくて、自然と劉備も白い歯を見せて幸せそうな笑顔になった。

「ならば準備を・・・」

そう言いながら椅子から立ち上がりかける劉備を、趙雲が否とやんわり押し留める。

「道具は用意して参りました。私がお淹れ致しましょう。茶葉も幾つか準備して参りましたので、殿がお好みの品をお選びください」

趙雲は、もともと劉備の為に茶を淹れようと思って部屋に来てくれていたらしい。

卓の上に並べられた茶葉達の中より劉備が選んだ品を手にした趙雲は、手際よく茶の準備を始めた。

新しく準備された茶器へ熱い湯を注ぐ相手の手元を眺めつつ、劉備がゆったりと肘置きへ腕を預ける。

「ああ、思い出した・・・毎年の今頃、そなたがこうして茶を淹れてくれるのを見ると、年末年始の行事が終わったと実感が湧いてくるのだった」

安堵が含まれた劉備の言葉に、趙雲は胸に温かい思いを感じて目を細めた。

「畏れ入ります。私も同じく・・・貴方様が本年もご公務を無事に終えられたという安心を、この場で毎度噛みしめております」

「ふふ・・・ありがとう。それも子龍がいつも私を護ってくれているから、かな?」

相手をちょっとからかってやろうと劉備がわざと自らの惚気を口にしてみたけれども、趙雲は照れるどころか茶器から劉備へ視線を移して大まじめな顔をして頷く。

「当然の事です。劉備殿をお護りし、お支えすることが私の一生をかけての任ですから」

その真摯な瞳と声に、劉備の耳がかあっと熱くなった。

年末年始を挟んでこの一ヶ月近く、お互いそれぞれの多忙に紛れて、二人きりになれる時間を取ることなど叶わなかったのである。

久しぶりに訪れた二人だけの空間と間近な距離に加えて、いまほどの相手からの真っ直ぐな言動は、劉備の胸へ新鮮なときめきを生じさせた。

このような時、己はどう答えていただろうかと手元へ視線を落とし珍しくどぎまぎしている劉備の前へ、淹れたての茶が静かに置かれる。

「どうぞ、劉備殿。温かいうちに」

先ほどの言葉に対する返答をねだる訳でもなく、自然体の声で劉備へ茶を勧めた趙雲は自らの茶も淹れて相手の右斜め前の椅子へ腰を落ち着けた。

趙雲へ小さく礼を告げて茶碗を手にした劉備は、湯気の向こうで姿勢正しく茶を啜る相手の横顔をそっと盗み見る。

凛とした空気を纏う、精悍で整った顔立ち。

ほぼ毎日顔を合わせていて見慣れている相手の筈なのに、いまの劉備の瞳に映る趙雲は、まるでいつかの頃に戻ったように目が離せない存在になっている。

義弟たちと同じくらいに身近で気楽に語り合えるほど親しい距離なのに、己が一番伝えたいと願う想いだけは言葉に出来なくて、ふとした瞬間にその気持ちを認識しては、こうして茶の湯気越しとか軍議の合間の人だかりの隙間からさりげなく姿を探していた頃。

あれから沢山の喜怒哀楽を相手と共有して、いまでは主従を超えた想いを分かち合える二人になれたのだけれども、己が彼を見つめる時の気持ちは。

「・・・変わって、いないのかも知れぬな」

思わず、唇から言葉が零れ落ちた。

湯気の向こうの趙雲が、こちらの呟きに反応して顔を向ける。

「殿?」

不思議そうな表情を見せている相手から慌てて視線を逸らし、劉備は茶碗へ口をつけた。

「あ、いや・・・」

部屋が暑い訳でもないのに何故か頬を赤らめながら茶を飲んでいる主君を見つめているうち、趙雲の口元に穏やかな笑みが浮かぶ。

「今日は、てっきり別の茶葉を選ばれるかと思っておりました」

思わぬ趙雲の言葉に、劉備は顔を上げて幾度か瞬きをした。

「うん?」

「いつもお口になさる種類かと勝手に予想しておりましたが、私のあては外れてしまいました」

言われてみれば、と劉備は卓の上に並べられたままの茶葉の銘がそれぞれ書かれた小ぶりな壺を暫く眺め、そうして何かを思いだしたのだろう、肩を竦めてくすりと恥ずかしげな笑みを零す。

「ああ、そうか・・・合点がいった」

「?いかが致しましたか??」

こちらの笑みの理由が分からない趙雲に答えを教える前に、劉備はもう一度淹れて貰った茶の香りを胸いっぱい吸い込むと、思い出したのだと語り出した。

「何故だか急にな、むかしの事を思い出していたのだ。私が子龍の主という立場でだけ居続けなければ、と己に思い込ませて、一人で力んで、それでも上手くいかなかった頃を」

思い当たる節が相手にもあったのだろう、あ、と小さく声を上げて趙雲の頬が僅かに赤らむ。

「それは・・・私の不甲斐なさゆえ・・・殿にお辛い思いを・・・」

なかなか思慕の想いを伝えられなかった自身を責めるような言葉を口にする趙雲へ、劉備は否と緩やかに首を振って見せた。

「そうではない。あの時はあの時なりに子龍から幸せをたくさん貰っていたぞ?例えば、この茶のように」

いま楽しんでいる茶の銘が記されている壺を2人の間に置いて、劉備は話を続ける。

「まだ己の国というものが夢物語にしか思えないような流浪の身であった頃、いまくらいの時期だっただろうか・・・風邪を引いて寝込んでしまった私を心配したそなたが部屋へ来てくれて」

その時に淹れてくれた茶がこれだった、と微笑む劉備の様子に、趙雲の目が過去を思い出そうとするように少し一点を見つめていた後、照れくさそうに泳いだ。

「・・・思い出しました・・・あれは・・・お食事もほとんど召し上がることが出来ず、熱もなかなか下がらなかった中で、この茶だけは飲める、と仰って下さって・・・」

「あの時のな、横になっている私を起こそうと支えてくれた子龍の手の優しさを、茶の香りを嗅いでいたらふと思い出したのだ」

「劉備殿・・・」

相手へ好きだ、どころか共に居てくれ、すら言えなかった頃、数少ない触れ合いの機会の場にこの茶があった。

自らの茶碗を両手で包み込むように持ちながら、劉備は目を閉じて小さく息をつく。

「唯一まともに飲めるこの茶を口にして、それからひどく苦い薬を飲まされて・・・再び横になる時に子龍は必ず『早く佳くなりますように』と言ってくれただろう?」

あの一言がとても嬉しかったのだ、と言って幸せそうに笑う劉備の様子に、趙雲の頬が熱くなった。

「そ、そのような事まで憶えていて下さっていたのですか。あれは・・・言わずにはいられなくて・・・」

高熱で目を潤ませ真っ赤になっている顔と、明らかにだるそうな身体の動かし方。

恐らく寝台から頭を上げることも辛かったはずだ。

なのに様子を見に来た自分へ劉備はわざわざ上半身を起こし、気遣いの言葉を口にしてくれたのである。

『そなたに風邪がうつっては大事になろう。私は寝ていれば治るゆえ、己の仕事を優先して欲しい』

趙雲の語りに、劉備が首を捻る。

「うん・・・?そんなことを話していただろうか?自分で言った事すら憶えていないとは」

苦笑いを零す相手に、趙雲も微笑み返しながら頷いた。

「随分と熱が高い時分でしたので、殿ご自身の記憶は曖昧になっていらっしゃるやも知れません。ですが、それは確かに貴方様のお言葉でした」

どこまでもこちらを気遣ってくれる劉備の言動を、いつも彼の間近に居る趙雲は勿論知っていたが、この時ばかりは堪らない気持ちになったのだという。

「劉備殿は熱にうなされながらも常に私の心配をして下さいました。そんな貴方様だからこそ私はお傍に、昼夜問わず居たいのです、と何度口にしようと思った事か。ですが・・・意気地の無い私が口に出来たのは、劉備殿の快癒を願う言葉だけで・・・」

手にしていた茶碗をコトリ、と卓に置いて劉備は趙雲の名を呼んだ。

「子龍。『だけ』ではないぞ。そなたが口に出してくれた願いのお陰で、私はここでこうして茶を飲めている」

膝の上で手を組んで劉備は穏やかな表情で趙雲を見つめる。

「そなたが私の為に快癒を願って言葉にしてくれたことが、あの時の私にとってどれだけ支えになったか。病人の世話のみならば誰にでも出来よう。だが、佳くなるようにと強い思いをこめて懸命に尽くして淹れてくれた子龍の茶と言葉は他の誰にも真似は出来まい、今でも。だからこうして思い出として、私の中に残っているのだろう」

驚いたような顔でこちらを見ていた趙雲の目が、みるみる潤んできた。

「劉備殿、なんという・・・お言葉を・・・」

慌てて顔をそらし、拳で涙を拭おうとする趙雲を、劉備は立ち上がって静かに制する。

自らの袖口で相手の目じりに滲んだ涙を押さえてやると、劉備はその背を優しく撫でた。

「しかし、随分な強がりを言ったものだな、私は。独りで寝ていれば治る、などど」

含み笑いが混じった独り言のような声に、趙雲が劉備の顔を見上げれば、彼は眉を下げてこちらを見つめている。

「本当は身体が辛くて、心細くて、子龍が部屋に来てくれる時間が待ち遠しかったというのに」

「殿・・・」

じっと見上げてくる忠臣の瞳からついと視線を外して、劉備がええと、と空いている手を胸元に添えて口ごもった。

言葉に迷って己の横で立ち尽くした劉備に倣うように趙雲も立ち上がり、背を撫でてくれていた相手の手を両手で包み込む。

「劉備殿。いまでしたら、この趙子龍へ何と仰って下さいますか?」

あの頃と変わらない趙雲の手の温かさを感じながら、彼の言葉に劉備は顔を上げた。

「・・・何と、とは・・・」

「今でも、独りで寝ていれば治る、と仰るのでしょうか?」

目の前の劉備の視線が、ちらりと揺れる。

「それは・・・」

ほんの一瞬だけ相手は何かを考えたようだったが、直ぐにこちらの目を真っ直ぐに見上げた。

「言わぬ」

凛と、劉備は言い切った。

「子龍には、共に居て欲しいと、切に願う」

病であっても、そうでなくても、と彼は続けて、己の胸元で所在なさげにしていた片手を趙雲の広い胸へ添える。

「そなたに対して、やせ我慢はしないと決めたのだ」

身体を寄せてくる劉備を、趙雲は無言のまま両腕で力強く抱き締めた。

久しぶりに己の身体を包んでくれる優しい温もりに、劉備はなぜだか胸がいっぱいになって涙が滲みそうになる目をぎゅっとつむり、相手の肩口へ顔を押し付ける。

「子龍」

「お慕いしております」

こちらが言いかけた言葉を奪い取るように趙雲の声が重なった。

自分の肩を抱いている彼の手に、力が籠る。

「私も、やせ我慢は致しませぬ。今しばらく、このまま」

「うん・・・・・うん・・・」

趙雲の背に回されている劉備の手も、離さないというようにぎゅっと服を掴む。

いつも劉備に選ばれることが無かった質素な品なのに、何故かいつも趙雲の選択肢の一つに残され、皆と仲良く並べられていた茶葉の小さな壺は、劉備と趙雲へ素朴な香りとともに大きな思い出を携えていた甲斐があったとでもいうように、抱き合う二人の傍らでちんまりと佇んでいた。

 

 

 

 

 

(おしまい)