こんにちは!
梅雨に入りまして暑かったり寒かったり、更に湿気も加わって体調管理が難しい季節となっております。
皆様どうぞ無理なさらず、お身体を第一にお過ごしくださいませ。

さて、今回は7月の初旬に発行する趙劉の小説本の宣伝兼お試し読みのご案内です。
6月は既存のお話を多く入れた短編集を出しましたが、7月は新規の長編小説本となります。
100p近いボリュームの本となります・・・自分でもビックリの分量・・・

更には、表紙と本文の挿絵を日頃から大変お世話になっている
タカ様(Twitter・taka_0_415)より描いて頂いた一冊となっております!
とっても柔らかで優しい線と色使いで、見ているだけで甘い香りが漂ってきそうな素敵な作品を描かれる方で私の憧れる方でもありまして。
お忙しい中にも関わらず、こちらの無理なお願いを快く引き受けて下さり、大変すばらしい作品を描いて下さいました。
pixivの方にもお試し読みページを開いておりまして、そちらではタカ様に描いて頂いた表紙のイラストがご覧いただけるようになっております。
是非そちらのページを見て頂ければと思いますので、宜しくお願い致します!
pixivのお試し読みページは こちらよりどうぞ! 

今回の新刊の概要は、長坂の戦いを背景としたお話です。
阿斗を助ける為に敵陣の中へ単騎で斬り込み、傷を負った趙雲。
そんな趙雲に感謝をしながらも、後ろめたい思いも抱える劉備。
お互いを気遣い、想い合う二人は無事に援軍の船に助け出されて船上の人となります。
激しい戦場を離れた、趙雲と劉備の恋のお話です。

今回のお試し読みは、場面ごとの冒頭部分を少しずつ切り取った形式となっております。
お話の雰囲気が少しでも伝わりましたら幸いです。






「想いのかなめ」よりお試し読み版

 

 

1.

「誠に、間に合いまして何よりで御座いました」

河面を渡る涼やかな風に袖をはためかせながら、甲板で劉備玄徳の前に立っている若者はそう言い、細身の長身を屈めて拱手の礼を取った。

その手を劉備は慌てて己の両手で下から支え上げるようにし、相手の顔を上げさせると、否と首を振って微笑みかける。

「礼を申さねばならぬのは私の方です。劉琦殿みずから船を出して救いに来て下さるとは思いもせず。まさに天の助け、感謝してもしきれませぬ」 安堵の声を出して深々と頭を垂れた劉備と、その傍らで主君の動きに合わせて礼を取る諸葛亮を始めとした武将たちへ、劉琦はとんでもないと首を振って見せた。

「劉備殿へご助力するのは当然の事でありましょう。私は貴方様と諸葛亮殿に命を救って頂いた身、このような程度では皆様へまだまだご恩を返し切れておりません。夏口までは三、四日程の船旅となりますゆえ、ひとまずはこの船でおやすみ下さい」

病み上がりの様でやや頬が痩せてはいるものの、若者らしさが滲む明るい笑顔で劉備へ語りかけるこの劉琦という人物は、荊州の刺史としてこの地をまとめ上げた劉表の長子である。

本来ならば彼はおのが父、劉表のもとで後継者として襄陽に居るべき立場であったが、弟との後継を巡る争いの中で生命の危機に晒される事になってしまった。

そんな彼を救ったのが、劉備の参謀である諸葛亮孔明である。

劉琦は諸葛亮の助言の通りに江夏太守として襄陽を出ることで結果的に生き長らえた経緯があり、彼はずっとその恩義を忘れていなかった。

中原の覇者となった曹操が荊州取りと同時に劉備征伐へ動いたと聞くや、すぐに劉琦は撤退する劉備軍を保護する為に自ら水軍を動かした。そうして劉備の義弟である関羽の船と合流すると、漢津にて曹操軍の追撃をどうにか振り切り疲労困憊となっていた彼等を助け上げ、無事船上の人としたのである。

「皆様へはお部屋をそれぞれご用意しております。いささか狭い所ですが、そこは我慢のほどを。いま案内させましょう」

そう説明する劉琦の話に合わせて、劉備は甲板上から示された部屋があるであろう上層階を見上げた。劉備達が乗船しているのは、楼船と呼ばれる大型船である。船底の方は物資の保管所兼、櫓漕ぎを含めた一般兵の待機場となっていて、甲板から上部に向かっては矢避けの板が張り巡らされた二階建ての造りとなってい、その最上階には物見やぐらまで設置されている。甲板から続く建物内には軍議を開いたり数人が集まって相談事が出来るような広間が幾つかあり、そんな建物の中央部に造られている階段を上れば、上階には狭いながらも乗船している将軍、参謀位の人物がそれぞれに使用できる数の個室が存在しているほどの規模を持つ、水上の小城とも言える程の立派な船となっていた。劉琦が部下を呼ぶ中、劉備が相手へそっと声を掛ける。

「劉琦殿、ご厚意に甘えてばかりで申し訳ないのですが・・・いまひとつ、お願いをしても宜しいでしょうか?」

 

こちらです、と劉琦の部下に案内された個室は、いかにも船室らしい板張りの、人が二人、漸くすれ違えるくらいの狭い部屋だった。

縦に細長い部屋の奥に設置されている寝台も、部屋を作る際についでに板木を組み上げた程度の質素なものに薄い布の寝具だったが、部屋を使わせてもらう側の趙雲子龍はそういった事には全く頓着していない。むしろ、寝台の脇の壁に明り取りの小さな窓が付いている事に彼は満足して、案内をしてくれた相手へ礼を告げると部屋へ入った。部屋の造りを確かめるように見回している趙雲へ、案内役がそう言えばと声を上げる。

「先程ご所望された包帯と薬をこれからお持ち致しますが、他に何か必要な物はありますか?」

「ああ・・・だったら、水と何か簡単に食べられるものがあれば、それもお願いしたいのだが」

趙雲の要望に相手は承諾した旨の声を出し、劉琦側が用意してくれた着替えに、身体を拭く為の水と布を入口付近の小棚へ置いて辞してゆくと、残された劉備の忠臣はゆっくりとした足取りで寝台へ向かった。
寝台脇に自身の装備品を置いて薄い寝具の上へ腰を下ろすと、自然に出入り口の方へ目がゆく。

部屋自体は個室があるだけでも良いと思え、と言わんばかりに薄い板で仕切ってある壁と簡単なつくり棚だけのくせに、出入り口にはきちんと扉が付いている。更には、その扉を開いていても廊下から室内が見えにくいようにと配慮されているらしい、扉と同じ丈で作られた目隠しの布が片側へ寄せられていた。

他の蜀将達もそれぞれの部屋へ案内されているらしい、少し離れた場所から聞こえてくる人々のざわめきを耳にしながら、趙雲は己の隣室には誰が来るのだろうかとぼんやり思う。そして腰を落ち着けたことで漸く実感し始めた安堵感から、背伸びをしようといつもの癖で両腕を上げかけた時、左の上腕部へぎくりと強い痛みが走り、彼は思わず顔をしかめた。

既に鎧を外して身軽な姿になっている趙雲は寝台より立ち上がり扉を閉めると、前合わせを緩め、己の上半身を表す。

関羽や張飛のように堂々たる太い筋肉を持つ英傑たちとは違い、趙雲の身体は一見細身に見える。だが、彼の身体は日々の鍛錬によって作り上げられた、まるで細い針金を幾千本もより合わせたかのような無駄のない、引き締まった筋肉を持つ偉丈夫だ。

そんな趙雲の現在の身体には、包帯が何ヶ所か巻かれている。先ほど痛みを覚えた左の肩口にも包帯が巻かれており、そこは他の部位よりも厳重に幾重にも布が巻き付けられていて、いまその場所より血が滲みだして包帯が赤く染まってきていた。布が当てられていない彼の素肌の部分にも出来たばかりらしい擦り傷や打ち身を数多く見ることができ、ほんの数刻前まで趙雲が駆け抜けてきた戦場の激しさを物語っている。

替えの包帯が届くまで服を着ていようか、と趙雲は思ったが、赤く染まってきている包帯を目にすると、着物に血が滲んだ場合のその後の手間をつい考えてしまう。彼は上衣を脱いだままの姿で出入り口付近に置かれた手桶に入った水と身体を拭く布を手にし、寝台の方へと戻る。 寝台脇の小さな窓から見える水上の景色は決して大きくないが、夕日の色に染まり始めた河面がキラキラと輝いている様子はよく見えた。儚いその煌めき達は、死戦を脱して来たばかりの趙雲の目に、酷く美しく映る。 手桶を脇へ置き、暫く寝台の上から水のきらめきを見つめていた趙雲の耳に、扉越しに入室を告げる声が届く。

「具合はどうだ、子龍」

 先程の案内役と共に部屋へ入って来た人物に、趙雲は驚いて寝台から跳ねるように立ち上がった。

「劉備殿⁉」

先程までの泥だらけの衣装からこざっぱりとした着物へと着替えた劉備が、彼の後ろに控えている兵士から何かを受け取りながら頷いている。

「あとは私がやろう。また世話を掛けるかも知れぬが、その時は頼む」

拱手の礼を取って去って行った兵士を見送ってから、劉備は扉を閉め、趙雲へと身体を向けた。

・・・・・・・・・・

 

 

2.

きしり、と小さな音が足元で鳴る度、心臓が跳ねる。

人気の無い廊下をたった数歩の距離でもこれだけ緊張するのは、やはり己の陣地ではない、という気持ちが心のどこかにあるからなのだろう。

彼は己の姿が誰にも見られていない事を確認してから、目的の部屋の前で、中の様子を伺ってみる。

しかし外からの風の音と、此処より離れた幾つかの部屋から響いてくる鼾の方が大きくて、肝心の部屋の中からは何の音もこちらの耳に届かない。 劉備は入室を少しためらったが、ままよと意を決し、静かに扉を開いた。

音を立てないように部屋へ入り、慎重に扉を閉め、目隠しの布を引き直して部屋の奥へ身体を向ける。

薬湯の香りが残る部屋で、細い常夜灯の光に相手は熱っぽい顔を照らされながら、静かに寝息を立てていた。

香りの元となっているであろう、枕元に置いてある小ぶりの椀は空になっている。その近くには水の張られた盥が置かれており、その水面は船の揺れに合わせて、ゆったりと動いていた。

宴の後で諸葛亮から趙雲の様子を聞かされ、その時は彼をゆっくり休ませようと決めて自身も大人しく部屋へ入った劉備だったのだが、どうにも眠れない。

風の音を聞きながら幾度も寝返りを打って、傍らの小窓を開けて外気を室内へ入れてみたりもしたが、気掛かりは消えるどころか大きくなるばかりだ。

―――一目だけ、様子を見れば。

自分へ言い訳めいた言葉を思いついた瞬間に、劉備の足は出口へと向かっていた。

自室の灯りは消してきた、もし誰かがやって来ても室内が真っ暗になっていれば寝ていると思ってくれるだろうし、何よりも昼間の疲労と宴の酒で皆は熟睡している筈だと彼は算段している。

足音を立てないように趙雲の傍へ歩み寄ると、寝息を立てている相手が小さく唸って身じろぎをし、額を拭うような動作を見せた。

近くで見れば、趙雲の額に汗が滲んでいる。

薬の効果で眠ってはいるが、体内の熱で寝苦しそうにしている様子は劉備の胸を締め付けた。

劉備は盥に張られた水で手拭いを濡らし、寝台の傍らに膝をつくと、額に滲む汗をそっと拭ってやる。 額、頬、顎、と顔を冷やすように濡れた手拭いを当てていると、眉間に軽く寄っていた皺が解れ、ふう、と安堵したような息が趙雲の口から洩れた。

いつもの彼だったら、誰かが部屋に一歩踏み入っただけでも直ぐに目を覚ましている。

それが今は顔を拭かれても起きることなく眠っていて、薬の効果があるにせよ、彼は随分と疲れていたのだと劉備は知り、頑張り過ぎだぞ、と心の中で呟いた。


 ・・・・・どんよりとした赤黒い景色の中で独り目的を見失い、熱さと底知れぬ焦燥感に胸苦しさを覚えて立ち止まったとき、ふっと穏やかな涼しさが趙雲の頬を撫でた。

その涼風は彼を護り、励ますかのように周囲の熱を払ってくれるので、趙雲は助けを得た心持ちになり、落ち着きを取り戻すきっかけとなる。そうして改めて辺りを見渡せば、遠くに光が見えた。

何故かは分からないが、あの光に向かえば助かると趙雲は確信を持って奔り出す。

奔り出した彼の背を励ます様に、涼やかな風が押してくれる。

光に近づけば、滝の流れる様な音も徐々に聞こえてきた。

嗚呼、あそこには清水があるのか、助かった・・・・・

 

 

はっと趙雲が目を覚ましたのは、劉備が幾度目かの温まった手拭いを水に浸し直して絞っている時だった。

前触れも無く、急に相手が目を覚ましたものだから劉備も驚き、手拭いを持ったままその様子を黙って見つめている。

趙雲は仰向けの姿勢で暫く天井を眺めてから、傍らの劉備へ視線を移すと目を見開いた。

「・・・との・・・⁉」

寝起きの掠れ声ながら驚きを隠せない趙雲に、劉備がそっと相手の口元へ人差し指を当てると、頷いて見せる。

「そのままで。起こしてしまったか、すまない」

次の言葉が出て来ないで瞬きを繰り返す相手の額へ手拭いを当てながら、劉備は眉を下げた。

「少しだけ、様子を見に来たのだ。そうしたら熱で魘されていたようだったから」

先程の夢を辿り、あの救いの涼風はこれだったかと額に乗せられた心地の良い冷たさに趙雲は感謝する。

「わざわざ来て下さったのですか・・・ありがとうございます」

「いいのだ、私が寝付けなくてな。まだ夜中だ。構わずそのまま休むと良い」

劉備が相手の熱の具合を確認するようにその頬へ手を当てると、趙雲がその手を攫って軽く握った。

彼の動作を厭うことなく、劉備は手を預けたまま微笑む。

「手も熱いな、子龍」

「見っとも無いところをお見せして、申し訳ありません」

気後れしたように謝る趙雲を、劉備が首を振ってまさか、と小声で返した。

「そなたが悪いのではない。その理由を作った張本人が目の前にいるというのに」

昼間と同じ言葉を紡ぐ劉備から、元気が無くなってゆく。

まるで自身が悪いことをさせたかのような意識に囚われ始めた主君に、趙雲は握っている手の甲へ口づけを落として名を呼んだ。

「劉備殿、それは違います。・・・こちらへ」 趙雲は劉備の手を一度離し、寝台から上半身を起こして枕をずらすと、頭側の壁板に身体を預け、相手へ向けて右腕を広げた。

自分を迎え入れてくれるような相手の仕草に劉備は少し躊躇するが、趙雲は微笑んでさあ、と手を揺らす。

「寝直す前に、少しお話させて下さい」

世間話でも、くらいの軽やかな口調に促された劉備がゆっくりと立ち上がり、相手の寝台へ腰掛けようとした時だった。

折からの強風によって船全体がぎしり、と大きな音を立てて揺れる。

「っ・・・!」

「とのっ」

不意に均衡を失って、よろめき倒れそうになった劉備の手を趙雲が咄嗟に掴んで引き寄せると、そのまま寝台へ座らせた。

 


・・・・・・・・・・(続きは「想いのかなめ」本編にて)